我が母のおみやげ

我が母、どうにも気になるらしい。

北海道のおみやげを隣近所に配らなければならない。
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新千歳空港で、私は隣近所に挨拶してきたわけでもないから、おみやげなんかいらないよ、と何度も言ったのだけれど、言うことをきかない。

それじゃということで、白い恋人を4パック買った。
一個は自宅用、他の三個は、お向かいと筋向かいとお隣だ。

自宅に着くなり、早速届けに回ったのだが、結局お向かいだけしか置いてこられなかった。
ところが昨日のこと、お向かいにおみやげを買ってくるのを忘れたと言って、ご主人の銘柄を聞きにたばこ屋に走った。たばこ屋は、とっくにたばこを止めましたよと答えた。

パニックに陥るところだったらしい。そこへ救いの女神が現れた。我が女房である。
おばあちゃん、おみやげは月曜日の夜、北海道から帰ってすぐに届けてきたよ、と。
しかし、それでも何度も何度も聞くので紙に書いてきたという。
さすが!我が女房。機転がきく。

要介護者の状況は、側にいる者でなければわからないことがいっぱいあるのです。

介護する側は、初めは驚くもののそのうち慣れてしまうから、よほど異常なことでなければやがて忘れてしまいます。神経をすり減らしつつも神経が太くなっていくというおかしな経験を積み重ねていくのです。

私が、我が母シリーズを書いているのも、こんな些細なことがどなたかの役に立つことがあるのではないかと思うから、情報を共有することも大事なことと思うからです。

以上、gakkokamenの体験的介護論でした。
なお、念のため申し上げますが、一番苦労しているのは我が女房です。

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この記事へのコメント

まっき
2006年10月14日 16:49
介護をしている方のご苦労は当事者でなければわからない部分も多いかと思いますが、奥様のように機転をきかせられるようになるまでには、相応の関わり合いの積み重ねがあってこそなのでしょうね。
g
2006年10月14日 17:32
色々なエピソードの積み重ねがあります。それに対応していくうちに、工夫することを覚えました。

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