老いるということ

「缶詰切れぬ」老人の悲しみ

朝日新聞 平成12年8月5日投書欄 ”声”
長野県諏訪市 介護福祉士 大石まさ子さん

Aさん夫婦は二人暮らしです。奥さんは病弱で、明治生まれのご主人が腰を曲げ曲げ、家事をこなして生活をしています

(・・・Aさんから缶切りを買ってくるように頼まれる。しかし、古い缶詰の空き缶がいっぱい残っている。かんきりはあるのではないかと聞いてみると、棚から新品の缶切りを取り出した。・・)

「良い缶切りがあるじゃないの」と言いますと「切れなくて」と言います。
棚からは、何本も缶切りが出てきました。ご主人は困ったように「最近、力が入らなくて」と、おっしゃいました。年をとって、今まで出来ていたことが出来なくなるのは寂しいことです。出来なくなったと認めたくなくて、何とかして今までのようにしようと、何本も缶切りを購入したのでしょう。


父は入院の直前まで外の掃き掃除をしていた。
しかしある時、ゴミ袋が玄関脇においてあった。
ゴミの分別もきちんとやり、収集日には自分で運ぶ人だった。

東京の妹が時々様子を見に来ていて、新聞や雑誌をゴミ置き場に運んだ。
処分しきれずに家の中に積んであったのだ。

ゴミを持って歩くだけの力がなくなっていた。
息子に頼むこともなかった。
そのうち処理できると思っていたのだろうか。

年寄りも、できるうちはできるだけやってもらおうと思っていた。
それがむしろ老け込ませない方法だと思っていた。

しかし、もはや力がなくなっていたのだ。

すぐそばに住みながら
気が付かなかった。


<< 作成日時 : 2006/06/01 23:07 >>

この記事を書いてから早4年。
私自身も確かに老いた。
ペットボトルのキャップをひねるのに苦労する。指の筋力が落ちたのか。
もう61歳。
確かに着実に老いは進行している。

缶ビールのロング缶1本、焼酎のお湯割りを3杯(焼酎3、お湯7)やってソファーにごろりと横になる。
スーッと睡魔が襲いかかる。
そして2時間後、起こされる。
顔を洗って歯磨きをしてベッドへ。
また爆睡する。
目が覚めると大抵オシッコ。起きるには早すぎる。
でも、と思う。このまま良い気持ちのまま黄泉の国に行けたらそれはそれで幸せだなと。
もし死期がわかるのなら、好きなとんかつやマグロの刺身や寿司やウナギをたらふく食べて(何せもう糖尿病とかメタボの心配は不要なのだから)、酒や焼酎やウイスキーも飲んで、うんと明るい気分のままで眠りにつく。
目覚めたらそこは彼岸。

まあそれまで取りあえず一所懸命生きることだけどね。

明日は32回目の結婚記念日だ。

この記事へのコメント

迷酔亭
2010年05月13日 23:33
そうですか、あれは32年前の明日でしたか・・・。いくつかの場面が点景ではありますが記憶に鮮明です。前後がどうも・・ですが。仕方がないでしょうかね、小生も今日13日が62回目となります。毎日のように、老い、ということを意識するようになりました。頭の中は、まだ二十歳のまま止まっている感じなのですが、そのギャップを今のところ自己コントロールして・・いや、ダッチロール・・してるかな?
HT
2010年05月14日 00:31
こんばんは。
私は両親がもういません。母の方が長生きしたしあとから亡くなりました。あと少しで満3年になります。
両親が歳を取ってから色んな事出来なくなってきて、それでも本人は出来ると思ってしていたのでしょうね。結局出来ずに私が手伝ったりして来ました。
今自分も段々歳を取ってきて、両親が自分でやりたくても出来なかった事、分かるようになってきました。
自分は独り者ですからこれから先いったいどうなるのかなっと思っています。
るびー
2010年05月14日 10:06
同居している主人の両親89歳、86歳。実家の両親93歳、85歳二人暮らし。老いと戦っている様子を傍で見るのは辛いです。そして私の肩も重い。
しかし、g様はまだお若い。まだまだまだ、現役バリバリです。32回目の結婚記念日おめでとうございます。
2010年05月15日 11:41
おっと、も15日でした。
遅くなりましたが、おめでとうございます。先輩!
僕は今年56歳。
まだ大丈夫と思っているのは自分だけなんですかね・・・。
楽しく暮らすために頑張っていられるウチは大丈夫と信じることにしています。
来年は結婚25年。
何か楽しいことをやりたいです。
2010年05月15日 22:09
迷酔亭さん
そう32年前のことです。

まだまだ若いつもりですが、確かに老化は進んでいます。ふとした拍子に気づかされます。
2010年05月15日 22:11
HTさん
まだまだこれからです。
老いに打ち勝つことはできませんが、うまく合わせていくことはできると思います。
2010年05月15日 22:18
るびーさん
素晴らしい!
長寿なんですね。
子供としてはそばからそっと見守り、必要な時に手を貸してあげることですね。いつかは通る道、シミュレーションのつもりで現在、未来を共に生きていきたいです。
2010年05月15日 22:25
Pochiさん
ありがとうございます。
Pochiさんは、まだまだお若い。やっぱり60歳は一つの区切りだと思います。
来年は結婚25年ですか。どうか御家族で相談して楽しい記念になることを行ってください。その一年間を、25年の年と言うことで、すべての家庭内行事に”結婚25周年記念”という冠を付けて見たらいかが。”結婚25周年記念”家族旅行とか・・・・・
2010年05月16日 02:53
父と母と暮らしてるので分かります
母はそれでも器用に老いと付き合っているようですが、父は受け入れるのが辛いようです
結婚記念日はどのように過ごされたのですか(*^_^*)
清心館管理人
2010年05月16日 07:50
gさま、あの世は、若いおね~さんにお酌されながらお酒が飲めると、gさまが大学入ったころの唄のセリフにありましたね。もう彼岸に渡られた渥美清さんも、付け人の人と滋賀のホテルでそんな話してたということを書かれた本を読みました。
まっ、 もしかしたら若いおねえさんの件、書きたくても書けないのは、gさまの奥さまがこのブログチャックされてるんかな?なんて深読みしてました。(笑)

今日の本題です!
gさま、最後の部分気になります。
「まあそれまで取りあえず一所懸命生きることだけどね。

明日は32回目の結婚記念日だ。」
このくだりですが、行間が長いというか、この2行は、いかなるgさまの心理、深層心理の描写なんでしょうか?なんて深読みしてます。 無意識?
これは重たいです、意味深長ですね。(^^)
2010年05月16日 16:29
oriverさん
老いとうまくつきあうことを勉強していきたいと思います。
結婚記念日は特別なことをしませんでした。ケーキを食べましたよ。
2010年05月16日 16:34
清心館管理人さん
いえ、家内はブログを見ていません。
まあ、あの世のねぇちゃんは綺麗だそうだし、会ってみたいですね。

最後の二行は特別な意味はありませんよ。
御心配をおかけしました。
みっちぃ
2010年05月16日 19:37
遅くなりましたが、結婚記念日おめでとうございます。
私達も来月30数回目を迎えます。
老いると言うのは、しみじみと日々着々と実感しています。私も固い蓋とかが開けられなかったりとします。出来ることは、今のままを維持しつづけることですがそうもいかないようです。ですのでジム等で少しでも鍛えるしかないです。誰でも老いるので皆同じなんでしょうが・・・90歳を想像すると
2010年05月16日 20:07
みっちぃさん
今できることを続けるというのは大事なことですね。私も気持ちだけはあるのですが、いざ実行となるとなかなか継続できません。
時間に流されないように、しっかりと今日を生きることですかね。

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