さよなら日本海

特急寝台の日本海が昨夜発車を最後に姿を消す。

これで日本海側を青森から大阪まで貫通する列車が無くなった。

学生時代(昭和42年から47年3月)には急行きたぐに、特急白鳥、特急寝台日本海が数本あった。

青森を始発で新大阪が終点。

日本海には滅多に乗らなかったが、白鳥ときたぐにには随分お世話になった。


きたぐには急行だったから、かなりの時間をかけて走った。

寝台車も連結していたが基本は4人対面座(ボックス席)の客車だった。

秋田から行くと確か新潟あたりから寝台車が連結された。

そこまで客車に乗っていて寝台車に移る。

大学に合格して下宿探しのために京都に向かったのもこの列車だった。

まむし酒の蘊蓄を傾ける人がいた。

帰りは色っぽい女性が乗っていておしゃべりしていた。

結構込んでいて立っている人もいた。

その頃は利用者も多かったのだ。

列車が進むにつれてお国言葉が変わっていく。それを聞くのも面白かった。

よく利用したのが白鳥だ。

朝8時頃秋田を出るとおよそ12、3時間かけて京都に着く。

ぼんやりと窓外を眺めて景色を楽しむ。退屈することがなかった。

リクライニングシートは浅く、しかもちょっと尻を動かすだけでガタンと元に戻ってしまう。

食堂車が連結されていて、京都に行くときはランチやカレーライスを食べたものだ。

母が2食分の弁当を持たせてくれることもあった。好きなおかずばっかりの弁当だった。誇らしくて周りに見せびらかして食べたものだ。

帰りはすかんぴんだったから自宅に着くまで空腹をこらえた。


きたぐにも白鳥もなくなり日本海もなくなった。

太平洋側の交通が途絶したとき日本海側が補完する。

そのためにも日本海側を貫通する特急列車一本はあった方がいいと思うのだけれど、羽越本線はしょっちゅう運休、遅れがある。乗客も少なくなっているのだろう。

この路線の魅力をもっと宣伝できなかったのだろうか。

日本海の風光明媚な海岸沿いを走る。大々的に宣伝したら関西地方の観光客を引き寄せられたのではないだろうか。

庶民の列車はなくなるのに、残るものもある。

トワイライトエクスプレスだ。

http://www.jr-odekake.net/train/twilightexpress/index.html

なんか複雑な思いだ。


寂しい。

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この記事へのコメント

kamogawa
2012年03月17日 13:13
30年以上前、若い頃の秋田への出張は飛行機の利用が許されず(空港は有ったのかな?)、全て夜行列車でしたね。朝方眼を覚ますと、車窓に広がる冬の荒れた日本海に暫し見とれた記憶が有ります。
2012年03月17日 20:45
kamogawaさん
空港はありましたよ。
荒々しい日本海の光景は絵になりますよね。

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