なし崩し

ぞろ原発が再開されそうだ。

十分な議論は取り交わされたのだろうか。
原発はいつまで運転し、いつ頃廃止するのかしないのか。
将来の原発政策はどうするのか、国民的な合意は得られたのだろうか。

政権が変わったとは言え、当時の政権が2030年代に原発稼働をゼロにすると約束したのに、今度は手のひらを返したように原発推進に突き進んでいるように見える。

集団的安全保障といい原発推進といい重大な国の基幹となる政策に関してほとんど国民的議論を経ぬまま邁進していくように見える。こういうのを普通は独裁というのではないだろうか。

まっ
もっとも国民もしゃべらないけれどね。
昔ならプラカードをおっ立ててデモ行進やらストやらやっただろうに。

じゃ
お前が一人でやれって?
だから私は自分にできること、すなわちこうしてブログにちまちま書くことをやっているのです。
何しろ私は仙人だから。

この記事へのコメント

2013年10月01日 17:00
まったく仰せのとおりだと思います。
民主主義の旗は挙げていますがそれは「一応」の事であって真の意味での民主主義など片鱗も見えませんね。
アメリカの場合、世論が原発稼働を抑制したという実績はありますが我が国は…

尤、これは政権のみの責任ではなく、仰せのように国民サイドにも責任がないわけではないですよね。

あぁ~懐かしや全学連(^^)
2013年10月01日 20:02
テンプルさん
細々でもコソコソでも発言していかなければなりませんね。
それが団塊世代の責任のような気がします。

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