嫁と姑

またまたガラにもないことを書くが、高校一年生の頃の話。

と言うことは50年も前のことだ。
秋田県立産業会館という施設があって、そこで文藝春秋の講演会が開かれた。

弁士は、伊藤整と円地文子(私は”えん”と覚えていたが”えん”が正しいのだろうか?)。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E8%97%A4%E6%95%B4
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%86%E5%9C%B0%E6%96%87%E5%AD%90

今となっては、演題も講演の内容も覚えていない。
一つだけ、伊藤整が話した嫁姑のことだけが記憶にある。

彼は、アメリカでは嫁姑問題が解決した、日本もやがて20年もしたら克服するだろうという意味のことを話した。

日本で、本当に解決したのだろうか。昔ほどひどい嫁いびりは聞いたことがないが、両者の葛藤は未だにあるらしい。もっとも、嫁と姑でなくても人間関係は難しい。そういう意味では永遠の課題なのかも知れない。
とすると、伊藤整はどうしてあの時、あの場所であのような話をしたのだろうか。
しかし一番の謎は、私がそのような話を何故今まで覚えていたか。

高校一年生といえば15歳。随分ませた高校生だった。

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