超高齢社会

先日のこと、いつものクリニックで高齢の女性に出会った。

彼女は玄関から待合室をのぞき込んで、迷っている様子だった。
あまり混んでいるので午後からまた出直してくるという。
腰が曲がり杖をついているので、「何で来るんですか」と問うと、「車」とのことだった。
こちらから聞いたわけでもないのに、「85歳」と言う。

バス停の前に止めた車の運転席側のドアが少し開いて、腕が出てきた。やがて手で屋根をつかみ、体を引きずり出すようにして高齢の男性が降りてきた。
車の屋根伝いに手を這わせながら、ゆっくり歩き、ポストの近くまで来ると素早く手を放して、倒れ込むようにポストにつかみかかり、何かを投函した。
その後は、まったく逆の行動。
そして何事もなかったかのようにスルリと出て行った。

ここのバス停は、奥にポストがあるから、真ん前に車を止めて投函する人たちが後を絶たない。
直ぐ近くには郵便局の駐車スペースがあるのに、他人の迷惑を考えない人たちが少なからずいる。
でも、この男性の場合は仕方ないなあと思った。
手伝って上げれば良かったが、どのような行動に出るのか最後までわからなかった。

高齢者の免許証を返還させるべきだという議論が高まっている。
しかしそれは、公共交通の不便な地方の実態を知らない人たちの言うことだ。
お年寄りたちがおいそれと返還するとは思われない。
これからは団塊の世代が対象になってくるけれど、車の利便性に慣れ、その恩恵を一番享受している彼らがそう簡単に手放すはずがない。
地方で車を手放すことは、地域社会から隔絶することに直結する。
どうしても返還させたいのなら、代替措置について、試算し具体的な例を挙げて高齢者を説得することだ。

今日は、高齢の女性患者が腰を曲げてふらふらおぼつかない足取りで診察室に入って行った。
出てくると、なんと待合室で待っていた更に高齢の女性が座った車いすを押して歩き始めた。
その方が歩きやすいのかも知れない。

私は間もなく67歳。
たまに高校生に席を譲られることがある。
その私でさえ、人生の先輩たちや障がい者には席を譲っている。

大都会にいると気が付かないと思うけれど、地方では確実に着実に超高齢社会が進行している。
バスの乗客は圧倒的にワンコインパスの利用者だ。68歳以上の人は市役所からパス(証明書)をもらうと片道100円で利用できる。
やがて団塊の世代も仲間入り。
バス路線が少ないことや本数が少ないことを嘆かないで欲しい。
その原因の一つは、カーライフを満喫し、公共交通機関を利用してこなかったことにもあるのだから。

町内会の行く末と言い、今日の記事と言い、将来がどうも明るく見えない。
消費税の増税分で、少しは借金を減らし、高齢者の保健・福祉に回して欲しいと思うけれど、さてどうなるのだろうか。
高齢社会を長寿社会なんて言いくるめても、大変な事態が待っていることに変わりはない。

ウウ
寒くなってきた。
すきま風のせいばかりじゃない、と思う。

得意のあれで行こうか。
あたしゃ仙人。
地上のことにはもう・・・・・・

この記事へのコメント

2016年01月22日 05:14
多くなりましたね、高齢者。私達団塊の世代もあと10年もしないうちに後期高齢者になります。その時はどうなっているのでしょうか?田舎の生活には絶対に車が必要です。しかも一人一台が普通です。私も帰国時、駅からすぐに車を運転して母の介護施設へ向かいます。トランクにはスーツケース。「こういうことも今ならばまだできる。これから先は予想がつかないな」と感じながら運転しています。ちょっと不安です。
2016年01月22日 09:24
araraさん
10年後どうなっているか。想像できない事態に陥っているのではないでしょうか。誰にも予測できないのではないか。ちょっと怖いですね。
車については、タクシー利用と比較考量してみる必要がありそうですが、そのタクシーさえない地域もありますし。
不安は良くわかります。

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