正月や

年末、子供たちや孫たちが帰ってきて、いつもの通りの年越しをした。

特別なおせち料理もなく松飾りもなかったが、誰も不自然に思わなかった。年末恒例の歌番組も誰が見たかわからない。
そうなのだ。正月がもう特別な行事ではなくなったのだ。

百貨店もスーパーも元日から開店し、初売りのときめきも興奮もなくなった。
昔は、大晦日に家族うちそろって特別の料理を食べ、子供達はお年玉をもらって、初売りで何を買うか、その日の来るのを待ちわびたものだった。

今は、去年と今年の境目がなくなり、なんとなく新年を迎え、三が日を終える。
昔と変わりないのは朝から酒が飲めることか。

初売りというのは、二日か三日だった。それが一部のスーパーが元日から営業を始めてそれにつられて大型小売店が右ならえをしたから、今では去年から今年が継ぎ目無くつながってしまった。だからけじめがない。

一番困ったのは、働く人たちだろう。特に非正規の人たち。
大晦日まで働いて、また元日から出勤する。それでも正規の人たちは年間何日という休日が保障されているからまだしも、非正規の人たちは元日(休日)出勤しても代替の休みがない。それでも初めの頃は、元日出勤に+アルファがあったらしいが今では通常の勤務と何ら変わらない扱いだ。弱い人たちにしわ寄せが行く。それはこの国では別に珍しいことではないけれど。

   正月は冥土の旅の一里塚
      めでたくもあり めでたくもなし
一休禅師の狂歌である。
これを中学二年か三年の時に理科の先生から教わった。
まじめな先生でとてもこのような狂歌を口ずさむ方とは思えなかったが、その時は何の弾みかぽろりと口からこぼれ出た。
私は、いたく感激して直ぐに憶えた。ませたガキだったのだな。
今はまさにその心境だ。心静かにその時を迎えられるだろうか。
こればかりはいくら棺桶に寝てみても練習ができない。

年賀状が二百枚を切った。
父は、元日に年賀状が配達された人でなければ翌年差し出さなかった。
私がそんなことをやったらたちまち百枚を切ってしまうだろう。
それでも、やはり三が日を過ぎると心配になってくる。
何か失礼なことがあったか。早めに電話してみるか。
   賀状うずたかし 彼の人よりは来ず
どなたの作か知らないがものすごい寂寥感が伝わってくる。

今年も一年なんとかがんばっていこう。
一年の計は毎年立てるけれど一度として三日ももたなかったから、無駄なことは止める。

年々、パソコンに向かうのがおっくうになりブログの更新もままならなくなった。そんな折、先日友人から電話が来て「更新されていないけれど、元気ですか」と。見てくれている人がいるんだなあと、背中を押される思いでこれを書いている。

今年もよろしくお願いいたします。

先ほど18時13分きぼうが見えた。
何かいいことがありそうな気がする。
皆さんにもお裾分けを。

写真は昨年年末の秋田駅前。

画像


画像


画像

この記事へのコメント

2019年01月24日 00:22
gakkoさん、更新しないあなあ~と思っていました。昔とはだいぶ風情が変わりましたが、ご親族が集まってくれたのですね。
秋田はやっぱり雪ですね~。 奥羽山脈が雪雲を遮るので太平洋側は雪は少しなんですよね。距離はちょっとしか離れていないんですけど。
2019年01月24日 17:40
araraさん
いつもありがとうございます。
同じ秋田県でも秋田市などの沿岸部と内陸部では雪の降り方が違います。岩手県に近い方は積雪が深く秋田市はあまり積もりません。
どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
2019年01月25日 11:47
こんにちは~
昔と変わらないお正月 何より良い事だと思います。
秋田は雪なのですよね~
10数年前に本荘に行った時も雪でアイスバーンがとても怖かったです。
飛行機も飛ばず秋田駅近くのホテルに一泊しました。
今では懐かしい思い出になりました。
「正月は冥土の旅の一里塚」この言葉恥ずかしながら初めて知りました。
本年もよろしくお願いいたします。
2019年01月25日 18:14
イータンさん
いらっしゃい。今日もアイスバーンでしたよ。昔、四国から出張できた女性がすくんでしまったので、おんぶしてあげたという話を聞きました。どちらも怖かったでしょうね。
今度は竿燈見物にでも是非どうぞ。

この記事へのトラックバック