町内会の役員

町内会の新役員がなかなか決まらない。

そのため、今年度は昨年までの役員が今年度一年との条件で継続することになった。
高齢化が着々と進み,やりてはいない。
様々な行事ももう手を余す。
町内自体が、青壮年期の頃は、若手も多く、それほど苦労はなかったはずだけど、今のように、平均年齢が70歳を超す(おそらく)ようになると、おいそれと引き受ける人はいない。

思い切って、イベントなどで切れる物は切って、身軽になり、誰もがそれほどの苦労なく実行できるようにしなければならない。

町内会長が急病に罹患し、副会長の私にお鉢が回ってきた。会長に事故ある時は云々(確かうんぬんと読むはず)という会則があるからだ。会長は回復したが、代理は引き続き私が行っている。

早速、このような改善を行った。
全世帯配布のチラシは、内容にもよるが、できるだけ各班一枚の回覧にした。それにより各班の世帯数ごとのチラシの枚数を数えなくてもいいようになった。赤い羽根は大変だった。こればかりは各世帯一本だから。
急を要する物以外は、回覧に付す日を月に二,三回にした。これは喜ばれた。一種類だけの回覧は非効率だ。足腰の不自由な人が増えて、隣まで自動車で行く人が出てきてもおかしくない情勢だ。

ある町内会では、会長が決まらなくてあみだくじで決めたという。
今のうちにスリムな体制にして誰もが輪番制で参加できる方向に持っていきたい。

先日、役員会があって、とうとう私が次期会長を引き受けることになった。
皆さんホッとした顔だったが、これで解決とはならない。
私の後を引き受ける人がいるか、それが問題だ。

かつて進駐軍が駐留していた頃、東京で指示した事項が翌日か翌々日には全国津々浦々まで浸透したという。これにおそれをなした進駐軍が直ぐに町内会の解散を命じたという。しかし、やはり不便だったから、かつての行政の下部機構のような町内会ではなく自主的自立的な組織を作り、区別するために「自治会」とか「町会」と名乗るようになったのだそうだ。秋田では、ほとんどが「町内会」だけど、北部の鹿角では「自治会」と呼んでいる。鉱山があって全国から人が集まったからかも知れない。

いずれ正式に会長に選出されたら折々その状況を報告していきたい。

まず、会長執務マニュアルを作る。
できるだけ仕事を分担する。

二年で止められるかな。

この記事へのコメント

2019年01月31日 13:45
gakkoさん ご無沙汰していますがお元気な様子が伺え、何よりです。また、暖かくなったら京都へもお出かけ下さい。外国人観光客で溢れかえっていますが。
2019年01月31日 17:49
有縁千里さん
ありがとうございます。2月と6月に上洛の予定です。
今からいろいろ調べて訪問箇所を決めたいと思っています。安くておいしい店にも行きたいです。
これからもどうぞよろしく。

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