解釈改憲

それにしても何という体たらくだろうか。

この国の有り様を決める憲法が、たった一つの政権の閣議決定で実質的に改定されるとは。
解釈改憲とはよくも言ったものだ。
これなら9条ばかりかあらゆる条文の改憲ができることになる。
自民党政権は何十年も続き改憲するつもりならその機会はいくらでもあった。
それができなかったのはひとえに国民の間で十分な議論が行われず成熟した輿論の形成ができなかったからだ。
本当に改憲するつもりなら、あらゆる機会を捉えて、民草の中に入り込み訴え議論を重ね大方の理解を得るべきだったのだ。
そうした手続きを経ずに解釈改憲などとうそぶき自分たちの主義主張を通そうとするその姿に民主主義の”み”の字も見ることができない。
これから子どもたちは学校でどんな”ケンポウ”を教わるのだろうか。

集団的自衛権を認める理由の一つに湾岸戦争での対応があった。
あの時、我が国は人を送らず多額の資金を投入し間接的な支援を行ったはずだ。
湾岸戦争後、クウェート政府が新聞広告で参戦した国々の名を一つ一つ挙げて感謝の意を表明した際、我が国の名前が掲載されずひとしきり話題になったことがあった。
しかし、それから十数年経った3.11の後、クウェート政府は我が国に対し多量の石油援助を行い、その時の理由に湾岸戦争での支援に対する感謝の意を込めたと、同国の外交官が語っている報道を見た。つまり彼の国では、あの戦争で我が国が自衛隊を送れないことを理解してくれていたたのだと思う。

集団的自衛権だって、日米安保条約の締結時から問題になっていたはずだ。
不沈空母とやらの島に多くの外国基地を置き、あまつさえその経費の多くを負担しているのに何故後ろめたい思いをすることがあるのか。
片務的な条約であっても米国が継続維持するにはそれなりの訳があるはずだ。

戦後営々として築いてきた非戦の軍隊の伝統が崩れてしまう。

国会内での十分な議論も行われないまま解釈改憲がまかり通ってしまった今、こうした事実上の改憲は無効であることをひたすら訴え続けるほかはない。

それにしても識者を初め言論人の声が届かない。
いったいどうしたというのだろう。
テレビのニュースも新聞の政治欄ももう見たくない。

しまった。
また、自分が仙人であることを忘れてしまった。
ここ仙界には、民主主義を重んじ平和をこよなく愛する熊(bea)総理大臣がいる。
彼がいる限り仙界連邦は平和で安心だ。

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