今日の秋田市

昼食にきなこ餅を2個食べたから、少し歩いた方がいいと思って、秋田駅前に行ってきた。

買物広場で降りて、宝くじ売り場へ。まず、本日の運試しにスクラッチ3種類を購入した。残念ながらウンが無かった。次に既に買ってあったロト7とロト6のはずれの確認。予想通りはずれだった。いつか何億円かを当てたいと思っているが、命との勝負だ。当たる前に死ぬか、当たってから死ぬか。難しいところだ。

次に西武の地下へ。何か催し物をやっていないか行ってみたら。やってました。チョコレートの即売会。圧倒的な女性の前におそれをなして退散。

ジュンク堂へ行って本を買おうとしたのだが、書名がわからない。新書であることは記憶にあったからそのコーナーを探してみたが、ピンとこない。普通は、ぱっと目について、あっこれだとわかるのだけれどそれが無い。
たぶん新聞広告だと思って、朝日新聞のさんやつをスマホでめくってみるのだが、出てこない。

これはきっと魁新報に違いないと思って、今度はハーモニープラザに行ってみたが、同紙を誰かが閲覧中。仕方ないから今度は、なかいちの魁NewsCafeへ。ここは魁紙と東北各県の地方紙が読める。但し、飲み物などを注文しなければならないけれど。ホットコーヒー200円を頼んで、今日と昨日、おとといの新聞をチェック。それでも出てこない。それじゃと思って「新書 新刊」でググったら直ぐにわかった。

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ついでになかいちの広場で何かやっていたから、様子を見に行くと童っこ(わらしっこ)の雪まつりだった。秋田弁は名詞の後に、こ(っこ)を付ける。わらしっこ、雪っこ(ゆきっこ(なまるから往々にしてゆぎっこ))、花っこ。いぶりがっこで最近はがっこも有名になったが、この場合の「っこ」はちょっと違う。名詞が「が」だけになってしまう。やっぱりがっこはがっこ全体で名詞だろう。ちなみにがっこは漬け物のこと。
広場を出ると、さっきの魁NewsCafeの女性とばったり会った。私が忘れてきた書類袋を持って、探しに来てくれたのだ。感謝感謝。

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以下の写真は、1月31日に撮影したものです。

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市民市場で筋子とたらこと塩サケの切り身と赤いウインナーと王林を買った。
また西武の地下に行きうぐいす餅を買った。
再びジュンク堂へ。目的の本は1冊だけあった。

そして、帰宅して配布物を持って町内を回ったのであった。

今夜はタラのちり鍋とひろっこの酢味噌和え、イカ刺し。と来ればやはり軽く一杯。

甲信紀行3

長野の朝食。

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戸隠へ。
もちろん目的は蕎麦だ。
バスは曲がりくねった道を通りドンドン山の中に入る。雪が深くなる。

やっと到着して、戸隠神社へ。ここで御朱印をいただく。

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降りてきて、とにかく開いている蕎麦屋に飛び込んだ。このシーズンやはり閉じている店が多いように見えた。

バス時間が迫りあたふたとのどに流し込んだ。味わっている暇も無い。

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今度長野に来た時は鬼無里に行く。

長野駅から新幹線で上田駅へ。

信州上田おもてなし武将隊のお二人が出迎えてくれた。我が久保田城でも、このような武将隊がいたらいいいなあ。でもうちのかあちゃんじゃ、ちょっとな。
例によって、写真の掲載は了解を得ております。転写、転載は固くお断りいたします。

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3泊4日の甲信紀行。楽しかった。
土産は信玄餅。しかし、自宅用に買うのを忘れた。ワインも買ったが、帰りの電車の中で一杯だけ試飲し、翌日あっという間に飲んでしまった。残ったのは、上杉謙信公のミニチュアの甲。何故、謙信か。

さて、今度のおと休はいつか。

甲信紀行2

1月23日。

実にシンプルな朝食。昔の旅館はこんなものだった。

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さて、この日はまず松本に向かった。

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列車の中から望む甲斐の山並み。

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険しい階段を上る。

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降りるのは、上る時と同じ体勢で(階段に体の正面を向けて)下がってくるのが楽だと思ったが、一番いいのは、かに歩き(横になって)で降りるのがいいと教わった。確かにこれが一番楽で危険度も少ない。自分の立ち位置とその次の階段がはっきりと見える。

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(写真の掲載は了解をいただいております。転写、転載は固くお断りいたします)

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城からの帰り、ナワテ通りを通った。
ここで甘酒としっぽまでしっかりあんこの入った鯛焼きを購入、どちらもうまかった。

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続いて、長野市へ。

松代へ行った。
ここは、初代城主の真田昌幸の思いを体現したような簡素な中にも風格を感じさせる城下町だった。

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そして、長野駅前に戻り投宿。

ホテルは、この旅行初めてのシティーホテル。

夕食はホテルの食堂でとった。
ここではグラスワインと熱燗。
料理は朴葉味噌と弁当。

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桃のジュースがうまかった。
グラスを近づけると、桃の香りが漂いジュースも新鮮そのものだった。

長野の夜は更けるのであった。

甲信紀行

1月21日上京。

秋田駅のホームで珍しい光景に遭遇した。
新幹線ホームに在来線の車両が停車していたのだ。
実はこの車両、普段は大曲駅と盛岡駅間の田沢湖線を走行する。
普通、新幹線は標準軌だけれど在来線は狭軌だ。しかしこの路線だけは、ボディーはそのままに、車軸を標準軌にしているのだ。だから、新幹線ホームに入ることができる。ちなみに秋田・大曲間は一部三線軌道がある。三本のうち、両端の幅が標準軌、左端と中のレールの幅が狭軌になっている。この部分では、新幹線と在来線が走ることができる。

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(左側のレールが標準軌、右側が狭軌)

上野で降りて上野の森美術館で最終日の「デトロイト美術館展」を鑑賞。
ゴッホの自画像やピカソの作品等を鑑賞する。

東京駅の大丸のイノダでコーヒーを購入した。

その後、丸の内で楽しい夕食、新宿駅前に投宿した。

1月22日。

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あずさに乗り込んで甲府へ向かう。

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まず、山梨県立美術館で、種蒔く人や落ち穂拾いなどを鑑賞する。
種蒔く人は、これまでてっきり早朝の一シーンと思っていたが、夕方の情景だと言うことをボランティアの方から伺った。他にも目から鱗の作画の背景を知り、名画もある程度、その動機を知った方が面白いと思った。今更ながらだけれど。

続いて武田神社へ。
日本百名城のスタンプをゲット。

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更に甲府城へ。
ここでもスタンプを押印する。

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夜は、居酒屋で御当地のうまい物をいただく。

山梨と言えば、ワイン、勝沼ワインのハーフボトル。

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ほうとう。

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今まで食べたことが無く、苦手と思っていたが、これがなかなかの美味。麺は名古屋のきしめんに似ている。
野菜だけで動物性タンパク質が全くないのもこれまで敬遠してきた理由だけれど、だしはしっかりした鰹だしで、いい味を出している。

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後は、馬刺し。

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鳥もつの煮込み。

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海が無いのにふぐのひれ酒があった。

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ざる蕎麦。

帰り際、アルバイトの店員に大学を聞くと山梨大学とのこと。
略称は何というのだろうか。
確か山形大学は「やまだい」、ここも同じなのか。
なんと「なしだい」だそうだ。
すると、山口大学は?
ちなみに秋田大学は秋大(「しゅうだい」です)。


そして山梨の夜は更けていくのであった。

昔懐かしいソリ

おそらく今では、六十代以上の人でなければ知らないのではあるまいか。

孫が雪遊びをしていると御近所の方が貸してくれた。
座席が高いから子供が座りやすい。
また、背もたれがちょうどいい位置に来るから押す方も楽だ。

子供の頃、押したり座ったり、役割を交代して遊んだものだった。
今では、プラスチックかFRP製の、平たい底のソリばかりでこのソリは見かけることが無くなった。でも、子供や孫と遊ぶにはこのソリが一番いい。どこかで売っていないだろうか。

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今年もお世話になりました

滅多にない好天気の大晦日になりました。

太平山(1170m)もくっきりと見えます。
平地には雪がありませんが、やはりお山は冠雪しています。
この山は、秋田市の北東部に位置し、いわゆる鬼門封じになっています。
結構きつい山で登るのは大変ですが、中には毎日山頂を目指している人もいるそうです。

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昨日は今年最後の忘年会。毎年12月30日に開催しています。
気の置けない仲間たちとの年に一回の交歓、楽しいです。

ハタハタ寿司です。
よく漬かってうまかったです。

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秋田名物ガッコの数々。

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そして所を変えて冷やし中華。

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23日と24日は放送大学で"まったく初めてのドイツ語"の講義がありました。
面白かったのですが、自分の記憶力の減退をつくづく知らされました。
ついさっき教わったばかりの構文が出てこないのです。

今年も色々ありました。
この先、この70年の平和を継続できなくなるかも知れません。
戦前回帰という言葉が多くの人の口に上りました。

体重が、何十年ぶりかで72キロ台に下がりました。
9月下旬からほとんど毎日5000歩から10000歩歩いています。太ももが少ししまってきたのがわかります。三日坊主の私が時々とんでもないことをやらかして自分でも驚くことがあります。最終目標は70キロを切ること。かつて79.5キロを記録しましたから10キロ減量することになります。夕飯を欠食すると簡単に下がることを確認済みです。しかし、余り無理をせず反動の起こらない方法で目標を達成したいと思います。来年の今頃、70キロ台を達成できたら御の字かも知れません。

知人の壮絶な癌との戦いを聞きました。
その逞しい精神力には頭が下がります。
どうぞ病魔にまけないで欲しいと願う毎日です。

年賀状には、”認知症がじわじわと進行しています”と書きました。
ブログも以前ほどの情熱を傾けることができません。
読書もさっぱりです。
新聞記事が難しくなりました。
それでもその進行にあらがっています。どれだけ効果があるかわかりませんが。

今年のブログ記事の更新はこれまでで最低ではないかと思いますが、不思議なことにアクセス数は逆にこれまでの最高になりました。
来年もがんばってみますので、どうぞ応援してくださいますようお願い申し上げます。

この分では雪のない元旦を迎えられそうです。
雪国の正月に雪はつきものですから、無積雪というのは、正月気分がしないのですが、でも全くないというのは実に楽だなあと思います。

皆様のご多幸をお祈りし、来年も素晴らしい年になりますようお祈りいたしております。

この頃のこと

もう終わってしまったけれど、先日、県立美術館の特別展 さすらいの画家斎藤真一展を鑑賞してきた。

身も心も凍り付くような氷点下の世界、真っ赤な夕日、肌をさす空気、そして必死に生きる瞽女たち、一枚の絵の中に凝縮されている。自分も絵の中にとけ込んで瞽女たちとその世界に生きているような錯覚を覚えた。

時々、バス停で一緒になる視覚障害の方と同じバスに乗った。乗り換えのためいったん降りて、歩き始めたが、なんと速度の速いこと。白杖を器用に操ってブロックの上を滑らせ、すたすたと歩く。
すると交差点で、信号が変わるのを待っている自転車の人がいた。
ブロックに車輪がかかっている。あれでは視覚障害者の歩行の邪魔になる。そこで、自転車をよけるように誘導した。
私はバスに乗るため、途中で別れたが、彼はその先のかなりの距離を歩いて行くとのことだった。
私の乗るバスが先行して走る。
ふと、歩道を見ると、駐車している車が見えた。しかもブロックの上に乗り上げている。あのままでは、視覚障害者は衝突するのではないか。
この頃県内では歩道に車を乗り上げて平然としている人たちがいる。
いつ何時、不自由を被る人たちがいるかも知れない。

11月22日は、いい夫婦の日だそうだ。
この日、秋田市内でいいことがあった。
秋田駅の駅ビル「トピコ」に吉野家がオープンしたのだ。これは交通弱者にとって大いなる福音となる。
というのも、これまでも市内には数店の吉野家が展開していたが、どこも車でなければなかなか行けない場所にあったからだ。
早速、具だけ大盛りの牛丼を注文、大いに満足した。

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上京の都度、有楽町駅の吉野家で食べてきたが、これからは秋田で毎日のように食べることができる。実に嬉しいことである。

日本赤十字社の講習を受けた。

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初日は、救急法基礎。こちらはなんとか終了できた。以前の受講時と、わずかではあるが技法が変わっている。
二日目からは、救急員養成講習だ。
指導員は一所懸命教えてくれるのだが、さび付いた頭ではついていけない。若い人たちは直ぐに理解して習得している。疲れた。
もう一日あるけれど、この日に習ったことが完全でなくても次回までに身につけていくことができるか。
栄養のつく物を食べて旨酒を飲んで考える日々が続いている。

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孫のじゃんけん

先日のこと。

娘から携帯で電話が来た。さっきの電話はどうだったかと言う。
えっ、固定電話なんか鳴らないよ。
NTTからケーブルテレビ会社の有線電話に契約を変更したから、娘の家の固定電話との間で無料通話ができるかも知れないと思って、電話をかけてもらったのだ。もし、無料なら、通常のベルの前に信号音が鳴るという。

信号音も鳴らなければベルも鳴らない。
しかし娘は間違いなくかけたという。孫も電話に出て、じぃじとお話をしたし、じゃんけんもしたという。
そんな馬鹿な!。
(孫とは、電話で「最初はグー、ジャンケンポン。お前は何出した?パー?あああじぃじはグー。じぃじの負け!」なんてことをしょっちゅうやっている。)



暫くして娘から電話。番号を間違えたと言うのだ。

とすると、孫とお話をして、じゃんけんもしてくれたじぃじは何者?

消えた路線バス

バスを待っていると、遠くに見えてきたので、あと少しで到着すると思った。

しかし、そのバスは、私が待っている停留所の直ぐそばの十字路の直前でふっと消えてしまった。

見えた時、交差点の信号が赤に変わったので、一度そこで停まるから、後もう少しの辛抱だなと考えた。いったん視線をこれからバスに乗って行く方向に変えた。

そして、そろそろ着く頃だと思って交差点に目をやると忽然とバスが消えていたのだ。

その十字路は、直進するか右折するかしかない。直進がバスのルートで右折の路線はない。回送車は直進するから、右折することがない。左折は一方通行でしかも狭いからバスは通らない。

では、あれは幻だったのか。いやそのはずはない。

なんとも不思議なことだと思っていると、ふとある考えが浮かんだ。
実はあのバスは目の前を通って行ったのではないか。
私の目の前で停まったのだけれど、乗る路線でなかったから見送ったのではないか。

このあたりで記憶が混濁する。

本当に来たのか。

通り過ぎて行ったのか。

幻だったのか。

ただ単にぼけが始まっただけのことなのか。



響き SpecialⅩ 柴田周子+荻田ヒサ子 

今年もマンドリンとギターのコンサート響き Specialが開催される。

日にちは12月3日(土)午後2時開演
所は横手市かまくら館
お代は、前売券 3,000円、当日券 3,500円。
問い合わせは
 コンサート響き実行委員会 0182-32-9438

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皆さんこぞって
       行ぐべし

北陸紀行 5 富山 東京

10月31日、ホテルは朝食が付いていなかったので、駅で松茸弁当を買った。

時間があったので、駅構内を歩いていると大きな土産物売り場がある。そこで、白エビの天丼を売っているではないか。
朝飯はこれだ!

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暖かくさくさくして実にうまい。

ところで富山といえば、売薬が有名だ。子供の頃紙風船などのお土産を持った薬売りがやってくるのが楽しみだった。
つい先日聞いたことだが、実は最初に薬売りを手がけたのは、近江商人だったとのこと。

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昼はこれ。

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国立新美術館でダリを見た。
面白かった。

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夜は銀座の煉瓦亭でこれを食べた。

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ヨーロッパの人たちは日本でかきフライを食べるのを楽しみに来るそうだ。あちらでは生が主流とのこと。

教文館書店で雑誌を購入し、ウェンライトホールのハウス・オブ・クリスマスへ。クリスマス関連の様々なグッズが販売されていて面白かった。

銀座の夜はまたまた更けていくのであった。

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翌11月1日。

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ゴッホとゴーギャン展を鑑賞。

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秋田へ帰った。

北陸紀行 4-2 富山

自動改札ゲートを通ろうとすると、シャットアウトされる。

だから、駅員のいるゲートに行く。
すると、「このチケットは座席を特定してますけれど、その料金を支払っていることを証明していません」(おおむねこのようなことを言われた)。

おいおい、秋田駅でちゃんと払ったんだよ。

けれど、指定券の座席を自動機で変更したことを思い出した。(窓口で購入すれば良かったのだ)
変更後のチケットには、確か赤字で、三枚使うように書いてあった。1枚目は、通常の乗車券、2枚目は、座席指定券、3枚目はいわゆる特急券だ。(これに赤字でこの券を使用するように書かれてあったのだ)私はこの券を棄ててしまった。これまで三枚も使ったことはない。変更したら新しい券を使用することになっているから、その前の券は棄ててもいいと思ったのだ。

あああ、結局6千円余りも支払うことになった。既に指定を受けている座席にまた同じ額の料金を払ったのだ。
棄てたチケットを持ってきたら払い戻しすると言われたが、既に破ってホテルのゴミ箱に棄てたものをどうやって持ってこられるというのだ。この頃、思い込みがすごい。よく考え検討しないで行動に出たり口走ったりする。気をつけなくては。

仕方がない。気持ちを切り替えて富山に向かった。

富山で昼食ならもちろんブラックラーメンだ。
もちもちの太麺。スープはしょっぱい。御飯をもらって二人で分けて食べた。

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腹こしらえの次は観光だ。
駅に戻って観光案内所に行く。

海側へ行くことにした。
地下通路を通って、富山駅北口に出て、ポートラムに乗る。

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乗り降りが楽なおしゃれな電車だ。
秋田市内も昔電車が走っていた。何十年も前に廃線にしてしまったが、今頃残っていたら庶民の足として重宝がられていただろうと思う。秋田の人は少し邪魔なもの、古いものを何でも棄てる。そして新しもの好きと来ている。

東岩瀬で降りて、岩瀬の町中を歩いた。
これが素晴らしい。
人がほとんど歩いていない。

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立山連峰が遠くに見えた。

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続いて富山市役所の展望室へ。

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いい汗をかいてホテルに戻った。

そして居酒屋にて夕食。

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富山名物白エビ。

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こうして富山の夜も更けゆくのであった。

北陸紀行 4 金沢 富山

10月30日金沢二日目の朝。

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まず、二十一世紀美術館に向かった。
ここで、無料で見学できるプールー下にいる人たちが水中にいるように見えるーを見物する。

続いて、長町武家屋敷跡へ。
ここの足軽資料館が見たかった。

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大急ぎで近江町市場へ向かう。

そしてウニを食す。

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金沢駅に向かう。

富山駅に向かうべく改札を通ろうとすると、ここで事件が起こる。

以下次号

北陸紀行 3 輪島

10月29日、快晴。

まずは腹ごしらえから。

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少し控えめにした。

観光バスわじま号に乗る。

初めは、輪島の朝市。

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続いて輪島塗会館へ。
一点や二点、ぽんと現金を出して買いたかったけれど、とても手が出なかった。
宝くじに当たったら来てみよう。

白米千枚田。
米が足りない時代には貴重な生産手段だったのだろうが、今はLEDライトで夜間照明を行っているとのこと。

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昼食。

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輪島キリコ会館。

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車窓から機具岩。

千里浜なぎさドライブウェイ。
思わず、平山みきの真夏の出来事を思い出した。

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夜は、母校の校友会総会・懇親会。

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金沢の夜は、更けていくのであった。

北陸紀行 2 福井・金沢

10月28日。福井の朝は曇り。

まずはしっかりと腹ごしらえ。

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日本百名城のひとつ丸岡城へ向かう。
例の一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ

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ここのお城の天守閣は階段がきついことを教えてもらっていた。
確かにきつい。ロープを握ってやっとの思いで上がった。

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福井駅前。

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次の訪問地金沢へ向かう。

駅前には大きな垂れ幕がかかっていた。

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バスで金沢城公園へ。
雨が激しくなる。

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続いて兼六園。
入場券売り場で「六十五歳以上の方いらっしゃいますか」、「私は六十七歳です」「無料です」
歳をとっていいこともあるもんだ。

日本武尊

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成巽閣を見学。素晴らしい。殿さまが奥方のために建てたもの。贅の限りを尽くした。殿さまはエラかった。

近江町市場。

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見飽きることがなかった。

そしてひがし茶屋街。
京都の祇園に似ている。

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夜。
郷土料理の治部煮。

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珍味三点セット。

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そして金沢の夜は更けていくのであった。

北陸紀行 1 福井

10月27日予定どおり秋田空港を出発。途中富士山が見えた。

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機内でCAがキャンディーや絵はがきを勧めてくれた時、「この飛行機ボンバルディアが大好きなんですよ。明るくて余り揺れなくて。」と言ったら降りる時に搭乗証明書をくれた。

大阪空港も少し寒かった。
バスで大阪駅まで行くと、予定よりも少し早めに到着したので、一本早いサンダーバードに飛び乗った。

最初の目的地福井へ。
急遽翌日の日程と振り替える。
まず永平寺。続いて一条谷朝倉氏遺跡。
一条谷朝倉特急バスに乗るつもりだったが、越美北線のディーゼル車で一条谷駅まで乗り、一条谷朝倉氏遺跡資料館に向かう。

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資料館に日本百名城のスタンプが置いてあるので、押印。永平寺に行く途中で復元町並みで降りることができるか聞いてみた。しかし、そこで降りると次に永平寺に向かうバスはないという。諦めて永平寺に直行することにした。しかし、これが大正解。バスの中から復元町並みの様子がしっかりと見て取れるのだ。

バスの終点で下車して永平寺の門前に向かう。
昼食を未だとっていなかったので空腹の絶頂だった。
おろし蕎麦とごま豆腐を食す。大根おろしは辛くてちょうどいい薬味になった。

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雲水が日夜この階段を駆け上がり駆け下りるのだろうか。

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福井駅前まで戻りホテルにチェックイン。

夜の街へ出かけた。
居酒屋に入り、名物の鯖のへしこ、里芋の煮付け、刺身の盛り合わせ、漬け物などで福井の地酒を堪能した。

そして夜はしずしずと更けゆくのであった。

お見舞い申し上げます

この度の鳥取地震で被害に遭われた方々に心からお見舞い申し上げます。

また、救急、消防、防災などの関係者の皆さんの活躍に深謝申し上げますとともに、心から連帯の挨拶を送ります。

やっぱり原発は止めた方がいいな。

今日も法事

今日は家内の家の法事。

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に乗って、

ここで降りた。

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バスに乗って寺へ。
七回忌と二十七回忌の二人のはずだった。
ところが寺に着いてみると他に五十回忌が二人あるという。
先日の我が家が百回忌二人と五十回忌、こちらは五十回忌二人。
すごいことになった。

終わった後、帰りのバス時刻まで二時間近くもある。いっそのこと反対へ行ってみようと思った。

着いたところは男鹿温泉郷だ。

足湯につかり弁当を食べているうちにバスがやってきた。

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この作戦大成功だった。

再びここに戻り、帰る。

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今日もいい天気。暑かった。

家事手伝い

朝から家事(ゴミ出し)をやったので、「疲れた」と言ったら、女房が「エラいエラい」と褒めてくれた。

ダイエットに精を出している。
一日一万歩が目標。
今日は、北都銀行前から寺町を通って山王まで歩き、用をたした後、金足農高前までバスに乗り、そこから歩いて博物館まで行き、帰りも追分駅まで歩いた。
一万歩を難なく達成。
いつまで続くか。

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十三夜。名月だ。

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昨日今日と酒を休んでいる。
にもかかわらず猛烈に眠い。
文庫Xでも読みながら寝ることにする。

皆さんいい夢を!

珍しい法事

仏事でおめでたいなんて言ったら罰が当たるかも知れないが、まずは聞いてください。

今日は法事。
百回忌が二人、五十回忌が一人、そして三回忌が一人。
百回忌は、生後間もなくなくなった父の弟(叔父)、もう一人は祖父(本当は九九回忌なのだが繰り上げ)、五十回忌は祖母、三回忌は母だ。
母を除けば知っているのは祖母だけ。物心ついてから身近な人で亡くなった最初の人が祖母だったから、ものすごく悲しかった。

さすがにこれだけの法事は珍しいと見えて、寺側も張り切って(?)滅多にお目にかかれないパフォーマンスを見せてくれた。


そしておとき。
由利本荘市の小園旅館。
相変わらず素晴らしい料理だ。料理の一部だよ!

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祖父母、叔父、母、みんな満足してくれただろう。
そしてオイラも飲み過ぎた。
だから今夜も寝る。

衣替え

もう10月1日だというのに、暑い。

50年近く前、秋田は旧盆が終わると秋風が吹き、9月に入ると暖房具の準備さえ始める地域もあった。
しかし、京都に帰ると、まだ暑く半そで姿で過ごすことができた。

それがどうだろう。
今では秋田も9月いっぱい半そでで過ごすことができるようになった。

異常気象もこう毎年続けば当たり前になってしまう。冬も温暖なら言うことはないが、これがわからない。ドカ雪が降ることもあるから油断ならない。ただただ、穏やかな冬であることを祈るばかりだ。

一週間ほど前からウオーキングを始めた。
尿糖値がかなり高くなり、いよいよドクターが勧める運動を始めることにしたのだ。
30分くらい速足で歩く。この時間を少しずつ伸ばし、60分くらいは歩きたい。
その後の酒がうまい。

明日もボランティアだ。
一杯やって早く寝よう。

諦めるということ

先日のこと。ホテルのレストランでバイキングを食べた。

ウエイトレスに、この会員というのは何かと尋ねると、65歳以上の男女なら誰でも入会できて、バイキングの料金が1割引になるのだそうだ。即入会。
初め勢い込んで食べ始めたが直ぐに満腹感が生じて、予想以上に少ない量しか食べられなかった。炭水化物食品が色々あって、若い頃なら腹一杯詰め込んだだろうが、今ではほんの一口か二口。なるほど1割引になるはずだ。しかし、標準的な人たちと実績を比べたらたぶん5割引でも良さそうだ。
腹一杯詰め込むことはもう諦めた。

加齢とともに、諦めることが多くなっていく。

まず、燃えるような恋だな。こっちが良くてもあっちが目にも掛けてくれないだろう。

外国語の制覇。本やCDを買い込んでその内習得してやろうと思ったが、あれからいく数十年、記憶力、気力ともに減退、どう転んでももう駄目だ。

スポーツ。元々運動音痴、益々おっくうになり芝生に寝転んで青空をみている方が良い。

一芸に秀でること。川柳を始めて早5年、マジックも師匠について5年、どちらも進歩がない。

失われた時を求めて。何種類も購入したがどれも最初から10頁くらいでダウン。その辺りまでは、情景がまじまじと目に浮かぶ。その後がいけない。新しい訳が出るとこれは読みやすいだろうと思って挑戦するが、やはり同じ。最近は全一巻本が出たからそれでごまかそうかと思ったが、これも先に進まない。時だけがやたらと失われていく。

身を焦がすような情熱。そもそもそんなものがあったっけ。

穏やかな心の持ちよう。はなっからそんなものは無かった。

思い出したくないような失敗の思い出だけがしっかり残り、それも年々増えていく。神様はだからボケさせてくれるのだろうか。これ以上苦しい思い出を積み重ねなくてもいいように。

そうだ、こんな時こそスダチで焼酎を一杯やろう。まだ、これだけは諦めきれない。

今日は俺の日

他人様のことだと思っていたら、何のことはないこの私の日だった。

敬老の日。

誰も敬ってくれないから自分で自分を慰める。

昨日、大分の友人が素晴らしいかぼすを送ってくれた。

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スーパーに飛んでいっていいちこを買ってきた。

スライスして、コップに浮かべ残りを絞った。

甘露甘露。

もちろん今夜もそれをやる。

少し前には鹿角の友人が北限の桃を送ってくれた。

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こちらも1日に一個か二個いただいている。

今夜もデザートでいただく。

考えてみればこんないい敬老の日もない。


私は決して性穏やかな好々爺などではない。でも世の中には私を超える猛老がいる。
ところで、「盛り土に変えてコンクリートの箱をつくる方法もある」だの「地方公共団体が島を買って所有する」だのとのたまう元気一杯の爺さんや「移民を受け入れて人種で分けて居住させるべき」だの「高齢者は適当な時に死ぬ義務がある」などと逞しい言辞を吐く婆さんがいるけれどこのような人たちも敬老の対象になるのだろうか。

年取っただけでその日一日敬われる日。男女の差別なく誰でも彼でも、その方が平等でいいのかも知れない。そうでなければ敬われる人とそうでない人を選別しなくてはならない。これは基準が難しいな。

かぼすのスライスをグラスに浮かべて旨酒に酔い、心静かにお迎えを待つ。こんな敬老の日ならいいな。

はさみ

父が存命なら102歳だ。

その父は元気な頃、孫のお下がり(お上がり?)の自転車やリュックが気に入っていた。

旅行に行く時はいつもそのリュックを背負っていた。

みんなで旅行に行った時のこと、リュックから様々なものを取り出した。

薬、オブラート、袋菓子、懐中電灯そしてはさみ。

はさみ?

何に使うのか。

薬を覆っている包装シートを切る、袋菓子の袋を切る。

便利なアイテムだ。

でも、その頃の私は指で処理できた。

力が衰えて、今、それができない。

はさみが欲しい。

ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち

おと休最終日、9月5日。

久しぶりの充実した和の朝食に満足。

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三度、上京。
この日は国立新美術館のヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たちを鑑賞する。

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宗教画の数々。
多くの画家が手がけてきた受胎告知などのおなじみのテーマが繰り返し繰り返し目の前に展開する。それぞれの画家が想像力や創造力を駆使して紡ぎ出した作品の特徴に注目し、その違いを鑑賞するのが楽しい人たちもいるだろう。でも、私は苦手。
記念に絵はがき、クリアファイルと酒を購入。

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ここも入館料が何種類かある。放送大学学生の私は1,000円で入館できた。
学生やったり歳をとったり人生いいことが結構ある。

大丸の地下で昼飯を購入。
予定より一本早いこまちに乗車して食べる。

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晩飯は弁松の弁当を購入した。
帰宅して夕食。

心地よい疲れを感じて5日間の大人の休日を終えた。

ネギそば 大内宿 塔のへつり

9月4日、宿を出て新白河駅高原口からバスに乗る。

観光バスのような路線バスだ。

塔のへつり前で下車してセットの野菜そば定食を食べる。
その後、塔のへつりに向かうも案内板が見当たらない。
たぶんこの道だろうと行ってみると当たりだった。

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なおも行くと鉄道が表れた。

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何鉄道?会津鉄道かな。

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そしてついに到着した。

目的地は大内宿だったから、ここはよほどカットしようかと思った。
しかし来て良かった。
写真ではこの迫力は伝わらない。

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続いて大内宿へ。

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山の中腹に神社がある。
そこを通って山道に入るとベストポジションがあった。
良くテレビなどで見かける風景を撮ることができる。

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急にもよおしてきたので、客の少なさそうな店に入りアイスコーヒーを注文してトイレを拝借する。
戻るとコーヒーに、よく冷えたトマト、ミニキュウリの辛子漬けが置かれていた。

そして、そば屋へ。
これが食べたかった。

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三國屋の高遠そば。
腰のある蕎麦、少し辛みのあるみずみずしいネギ。うまかった。

帰りのバスでゆっくり外の景色を眺めた。
ここはまた紅葉の頃に来てもいいなあと思った。
十和田湖の奥入瀬渓流を思わせるような変化に富んだ川の流れ、深い渓谷などきっと楽しめると思う。

途中、4キロを超えるという長いトンネルを通った。
甲子トンネルというそうだ。
読んだことはないが甲子夜話のかっし。

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再び新白河へ。
この駅の所在地は白河市ではないそうだ。西郷(にしごう)村。

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予約していたホテルへチェックイン。

食事は外に出ようか、館内にしようかと暫く迷ったあげく、ホテルの和食堂に決めた。
その中に一歩入ってあっと驚いた。
6,7年前に入ったことのある場所だった。
椅子とテーブルのロケーション、見覚えのあるカウンター等々。
一気に思い出が蘇った。
その時泊まったホテルではないが、しゃぶしゃぶの食べ放題があるというので入った食堂。まさにその食堂だった。

別の日に、南相馬に泊まったことがある。
まだ震災前の話だ。
海から近いホテルに泊まり、街の居酒屋に入った。
そこで初めてメヒカリという魚の唐揚げを食べた。
その食堂にもメヒカリの唐揚げがあった。
複雑な思いにとらわれながらメヒカリを食べた。

酔いが一気に回り、爆睡した。

おと休 3日目

9月3日。再び上京。

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東京駅に着いて、大丸8階のイノダへ。
ここで、アラビアの真珠の粉を二袋購入した。

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続いてこれに出席して、2018年の大会について意見交換。

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後は銀座ライオンで交流。
解散。








翌4日の無料朝食の一部。

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白人男性がチンしていた。
どんな味がするのか。

ポンピドゥーセンター傑作展

9月2日、東京日帰り往復。

目的は、ポンピドゥーセンター傑作展の鑑賞だ。

往復の列車の座席は、えきねっとで予約。その際、午前と午後の太陽の位置を考えて、決めた。これが大成功。行きも帰りもまぶしくなかった。

列車の中で、このようなものを見かけた。
この表示の脇に点字が施されていた。

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さて、展覧会。
最初、随分作品の展示に余裕があるなとか、これまで見てきたいわゆる大家の迫力ある油絵と違って少し軽いかななどと思った。しかし、展示室を出てミュージアムショップで記念の絵はがきを見繕っていると、あれもこれもとなり結局11枚も選んでしまった。それだけ心に残る作品があったということだ。
ピカソの「ミューズ」、ロジェ・ド・ラ・フレネーの猛々しい「胸甲騎兵」、ジャン・オリヴィエ・ユクリューの何度も目を凝らしてみても写真にしか見えない「墓地6番」などなど。
楽しませてもらった。

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愉快だったのは、入場料。上野駅の公園口にあるチケットショップで、購入しようとすると、「3種類ありますよ」とのこと。一般、学生、シルバー。それぞれ1,600円、1,300円、1,000円とのこと。もちろん65歳以上のシルバーを購入した。放送大学の学生だから学生でもあるのだけれど、もちろん安い方が良い。

後は帰るのみ。
昼食は、駅で購入したサンドイッチ。

この日も良い一日だったのである。

台風一過

心配された台風は、少なくとも秋田市内に大きな爪痕を残すことなく過ぎ去った。

県内の他の地域や他県では死亡事故など甚大な被害に遭われた地域もある。
心からお見舞い申し上げるとともに一日も早い復興をお祈りしたい。

我が家のブルーベリーはしっかりと残っていた。
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今日初めて気が付いたのだが、ハマナスが実を付けていた。
植えてから10年近くになって、初めて結実した。

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今日の秋田市内。
千秋公園のハスはピークを越えたようだ。

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こんなイベントも

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昼食です。うまかった。毎日ではありません。念のため。

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晴読雨読

たいていの世の中の人は、晴耕雨読という。

しかし、私の場合は晴読雨読だ。
たいそうな読書家と言うことではない。
正確に言うと、閑だから雨が降ろうが雪が降ろうがかんかん照りであろうが、ソファーにながまって、惰眠を貪っているだけだ。
たまに、新聞を眺めたり、スマホをちらちら見ているから、かっこつけて読書と言っている。

それでも24日は、秋田県立博物館の”幕末秋田藩講話会”の第1回「第1次出兵 鳥海山の戦い」を聴講してきた。面白い。二百年余りの太平の世から突然戦火交えることになった武士たちの右往左往ぶりが豊富な史料をもとに語られる。

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帰りのバス時間まで館内で食事したりショップを冷やかしたりして調整し、バス停までの20分ほどの距離を、短い足を精一杯伸ばして、15分で歩いた。
不便なのだ。
以前は、秋田駅から博物館までの路線バスがあったのだが、数年前に廃止。今は追分駅で降りて徒歩25分。又は、バス利用で最寄りの停留所から20分歩かなければならない。
帰りのバスに乗って、これは自分に御褒美をあげようと思った。
生ビールと焼き鳥など。
良い一日だった。

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26日、大雨。

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昨日は文庫本を二冊読み終える。両方とも時代物捕物帖。
手元には、読みかけのハードカバーが数冊。ちゃんと頭に入れば立派な読書家なのだろうが、目や耳から入った情報が頭の中に定着するということがない。

今日はクリニックに行く。
尿糖は±。血圧127。上々。

台風が近づいているという。
余り被害がなければいいが。
しょっちゅう襲われる西日本の皆さんは本当に大変だ。
秋田は、あまり台風が来ない分、雪害がある。どちらにしてもありがたくない。
さて、安い焼酎を買いに行こう。

またまたこの頃のこと

フェィスブックを始めたら、そちらの手軽さにのめり込んでしまい、ブログの更新ができなかった。

パソコンには毎日向かうものの、どうしてもブログ更新に至らない。
もう歳だろうか。

国立西洋美術館が世界遺産だそうだ。
玄人筋にはその設計やデザインがよく理解されるのだろうが、私のようなド素人には、鑑賞して回る際のアップダウンのきつさばかりが気になる建物だ。
新聞の海外旅行の広告は、行く先々がほとんど世界遺産。
いっそのこと何でもかんでも世界遺産に認定してしまった方がいいのではないかな。

あまりスポーツには関心がない。
今回のオリンピックも、始まる前は何だか盛り上がらないなと思っていた。
けれども連日の日本選手の活躍に毎日楽しませてもらっている。
お国のためなんかでなくていい。一所懸命、日頃の努力の成果を見せてもらえればいい。

東京都の知事選も終わった。
特定の候補に関する週刊誌の報道には恐れ入った。
何もあの時期にあの手の記事を掲載しなくてもいいではないか。

秋田は祭真っ最中。
先日、女房が昨年に続いて西馬音内の盆踊りに行ってきた。
そのために、月2回練習してきた。
女性のかぶり物は、笠と頭巾の二種類がある。
笠をかぶった女性は襟足が強調される。歳に関係なく、それのきれいな人を見るとどきりとする。
女房は頭巾だからホッとするそうだ。彼女は襟足に自信がない。
私はかつて床屋のマスターに褒められたほどの襟足自慢。

花輪ばやしも今日と明日だ。
http://blog.honyomi.jp/200508/article_1.html
ああ花輪に行きたい。

ボランティアの暑気払いに出て、その帰り、バス路線を間違えていつもと異なるバス停で降りた。
二度転んで腰をしたたか打った。
翌日になると痛みが少し軽減したが、何かあると困ると思い、一晩寝てクリニックへ行った。骨は異常なし。湿布薬をもらってきた。

5年以上教わってきたマジックの先生が亡くなられた。実にいい先生だった。もっともっと覚えたかった。一緒に勉強してきた生徒たちとおさらいする会を立ち上げることにした。

そんな毎日。
これからもこのブログを応援して頂けると嬉しい。

最後はうまい物の写真。

〆焼さんま寿し
さっぱりしていて旨い!

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豚肉の生姜焼き
本格的な洋食
うまい!

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冷やし中華
京都では冷麺とも言っていた。
四条河原町を上がった西側に春陽堂があった。
そこの冷麺がうまかった。
もちろんこれもうまい!

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ワイプ

朝日新聞の7月26日付け声欄に「見る気なくす「ワイプ」やめて」というタイトルの投稿がなされていた。

まったく同感だ。
ワイプというのは、テレビ画面のあちこちに小さな窓を設けて、出演者の顔を映し出す最近はやりの方法だ。(この投書で初めて「ワイプ」と知った。)

ニュースショーやバラエティー番組に多い。
ある番組では特定の女子アナウンサーを頻繁に映し出している。人気のある人なのか知らないけれど、好き嫌いは人それぞれだ。

めまぐるしくちらちら出てくるから落ち着かない。集中力を途切れさすこの方法はいい加減にしてくれと思っていた。
投書者の中嶋智子さんに大賛成だ。

暑い! 生メソ 赤ラベル

蒸し暑い一日だった。

千秋公園は、ポケモンハンターで一杯。

胡月池の大賀ハスは盛りを過ぎた。

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で、あのお店へ行った。

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今日は生メソを注文した。

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帰りにスーパーに寄ったら、なんとなんとサッポロ赤ラベルがあった。
在庫全部(4本)を購入した。

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これからいただく。
かんぱ~い

佳境

いよいよ佳境に入ってきた。

朝日新聞の連載小説沢木光太郎の「春に散る」のことだ。
今日は、主人公の心臓疾患がいよいよぶり返しそうな様子を記述している。
愛弟子のボクサー翔吾にまだ教えていない技がある。
クロスカウンターだ。
広岡がそれを教えて旅立ち、翔吾は恩人の技を使って世界チャンピオンになる、のだろうか。
このところ新聞の配達が待ち遠しい。

秋田市は、朝夕は涼しい。
日によっては、日中も涼しい。
まだ梅雨は明けていない。
それでいて明けたかと思わんばかりに好天が続くこともある。
昨日は、降りそうで降らないぐずぐずした天気だった。
まったく私のようだった。

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相変わらずボランティアとカルチャーと酒と百合の日々。

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ボケが少しずつ進み。その自覚はある。
それでも今のところ幸せな毎日。

おまけ
オクラの花

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またまたやっちまった

同じ本を二冊また買ってしまった。

ジュンク堂秋田店で地方発売のその日、購入してきたら、翌日アマゾンからも届いた。
発売前に予約注文していたらしい。

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でも、この本すごくいい。
私は大学入試で日本史を選択しなかったから、授業では教わったものの、身が入らなかった。だからずっとコンプレックスを抱いてきた。色々取り組んでみたものの、生まれながらの不精者。ものにならなかった。

この本は、一つひとつのエピソードを辿りながら、遂には読み終えるという寸法。
一冊は自宅、もう一冊は鞄。

この間のこと

今朝は、「朝夕めっきり涼しくなりました」という初秋の頃の挨拶がふさわしいほどの冷涼な天気だった。

陽が上がるにつれてぐんぐん気温も上昇し、まだ梅雨明け宣言が出ないというのに、日中はかなりの暑さだった。

我が家の庭も花盛り。

今年は、ブルーベリーが大豊作だ。
家内は摘んだものをジャムに仕立て上げた。生のものは少し酸味があるからそのままで食するにはちょっと抵抗がある。

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今朝はオクラの花が咲いたが、午後にはしぼんでしまい、やっぱり花の命は短いかと思った。

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先週の今日は大学の同窓会があり、大いに盛り上がったのはいいが、翌日猛烈な二日酔いになり、夕方までアルコールが抜けなかった。頭痛、胸やけなんてとうに卒業し、今は全身の熱っぽさと不快感。鏡をにらんでは赤ら顔の間の抜けた姿に声も出ない。

土崎の港まつりは出かける意欲がなく、読書も進まない。
ポケモンGOもインストールしてみたが、遊び方がわからない。

あの世が俺を呼んでいる。
盆も近いし、御先祖様に失礼ないように心の準備をしておかねば。
いいなあカサブランカ。

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みんな

長いものに巻かれるのはなんとも心地よいことだ

実態の良くわからない”みんな”がこう言っているから

”みんな”と同じならとりあえず大丈夫かなと

そうすればストレスがないから

楽だよな

いつか

間違いに気が付いた時は、もう遅いかも知れない

その時もやはり、あの時のようにみんなが悪いと言うのかな

朝日新聞

あれは、もう15,6年近くも前のことだったか、両親が40年も購読していた朝日新聞を止めたと言った。

理由を聞くと、歳をとって新聞の内容を難しく感じるようになり読むのが辛くなったとのことだった。

それに比べて代わりに購読を始めた地元紙は、近隣の話題が盛りだくさんでカラー写真も豊富。読みやすいのだそうだ。

そんなこともあるか、と思っていたら、今度は自分自身がそんな風に思うようになってきた。
朝日の解説、読み物等確かに読み応えがあるのだが、読み切るのに明らかに時間がかかるようになり、そればかりか読む前におっくうに感ずることも時々ある。両親が言っていたのはこれだなと思った。二人とも活字が大好きで、特に母は新聞紙を床に広げてじっくりと読む人だった。
これではいけないと思う。頑張って食らいついてでも読むようにしなければ、認知症予備軍が進行して本物になってしまうかも知れない。

認知症予備軍と言えば、最近の物忘れの多発や思い出すまでの時間の長さ、言葉とその意味を認識するまでの間の長さ等々、明らかに何かが進行しつつあることを自覚している。

その一つが新聞だ。本も読まなくなった。ブログもかつてほどの情熱を覚えない。

旅行は今のところ楽しめているが、歩行スピードが落ち、疲れやすくもなった。階段の昇降の辛さ!城歩きはもうそろそろ限界かも知れない。

せめて可愛くぼけたい。
でも今更性格は変えられないだろうし、無理だな、こりゃ。
だいたいこんな性格がぼけやすいというし、やっぱり無理だ。

明日は全国的に大きなイベントがあるらしい。
結果がもう出たみたいな報道だ。
昔は、事前の予測が大きくはずれたこともあったけれど、最近ではかなり正確に当たる。
晩飯を食ったら早々に寝て、せめて楽しい夢でも見ることにしよう。

小原庄助 縄文の女神 大学

7月3日。

朝食が部屋に届けられた。
ネットの情報通りパンケーキ二個にパン、オムレツ、コーヒー、素晴らしい。

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駅までの途中、ふと見るとこんな看板が出ていた。

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看板に誘われて行くと

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山形市へ向かう。

まず、山形県立博物館へ。
ここには縄文の女神がおわす。
久しぶりに女神と対面。
そして、「山形県立博物館研究報告第17号」を求める。
”伝説と史実の対話ー与次郎稲荷神社と久保田城主佐竹義宣ー”が読みたかった。

市内中心部にとって返し、山形県同窓会に参加する。


7月4日
朝食。

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さすが山形。こんにゃく、芋煮鍋、サクランボ、定番を押さえている。

東京へ向かう。

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キャップをなくさないようにとの配慮だろう。

国立新美術館にて、ルノワール展を鑑賞する。

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ジャン・ペローの夜会が異彩を放つ。
当時のきらびやかな夜会の様子がありありと目に浮かぶ。

大丸のイノダコーヒーでチョコレートパフェを食す。
糖尿病予備軍でも、たまには糖分を補給したい。

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コーヒー豆を購入する。アラビアの真珠。

地下で、弁当を購入。
久しぶりに弁松だ。

そして秋田へ。

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秋田駅に到着するとホームは涼風が吹いていた。

二本松城 小峰城 3950円

7月2日、また、こまちで旅に出た。

最初の行く先は、福島県二本松の二本松城だ。

日本百名城の一つ。

途中、福島駅で「やまびこ」と「つばさ」の連結を見た。

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福島から二本松へ。

駅からタクシーに乗ってお城を往復。

途中の商店街を見て、「いい商店街だったんですね」と言うと、ドライバーが「今はもうシャッターが降りてしまって」とつぶやいた。どこも同じ。

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続いて、百名城の北海道・東北最後の城所在地白河に向かった。

駅に降りると空腹に我慢ならなかった。

白河はラーメンが有名だそうだ。
地元の人がおすすめの店に入り、これもおすすめのワンタンラーメンを食す。
満腹。
地元の人らしい客の食べ方を見てみると、丼に口をつけて、ワンタンをすするようにして食べる。
私は、箸でつかもうとするから皮を破ってしまい、中身をほとんど丼に残してしまう。

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小峰城に向かう。

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白河以北一山百文なんて侮蔑的な言葉が東北人の心を大きく傷つけた。

この頃になると疲れがピークに達する。

予約していた一泊朝食付き3950円のホテルへ直行する。

部屋に通されると、あらかじめネットで書かれていたとおりなので驚かない。
電話のベルが鳴って出てみると、無音。
それが2回続いても、3950円だもんね、と思えばどうということはない。

エアコンはと見ると、これが数十年前にはやったようないわゆるクーラー専用機だ。
ガーガー音の鳴るタイプ。これも3950円だもん、と思うから平常心でいられる。

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その夜は、ホテルで聞いた焼き肉屋に行った。
山形の高級ブランド牛だ。
久しぶりにホルモンも食べる。
さし入りの軟らかい肉は、いつの間に胃に入ったか分からないほど。
久しぶりのアルコール。生ビール、日本酒2合にグラスワイン(確か飲んだような)で合わせて6千数百円だった。

こうして夜は更けていくのであった。

共通の話題

昨夜は、団塊世代の4人の飲み会だった。

年に1回くらいのペースだけれど、随分長く続いている。

4人とも現役を退いてからは、それぞれ別の道を歩んでいる。

だから、話題も様々で面白い。

共通の話題と言えば、若い頃は子供の教育、ある程度歳がいってからは親の介護、そして昨夜は、自動車の運転免許をいつ返納するかだった。

私は免許はあるものの車を持っていないから、いつでも返納できる。

しかし、普段乗り慣れている人たちは、その返し時を決めるのが結構難しいらしい。

普段からバスを利用していて、その不自由さ、不便さを知っている者にとっては、当たり前に思われることでも、急に車をやめるマイカー族にとっては、おそらく想像以上の事態に直面することになるだろう。

さて、いつやめるのだろうか。

この頃、頻繁に、のろのろ進む車、交差点で左折するのか、右折するのか不明な車、道路の中央部に止める車など、高齢者による危なっかしい運転がみられる。

少し早めに免許を返上した方が、公共交通機関の延命につながるかも知れない。