しくじり 面影

まだおとといの疲れが残っているのかな。

午前中は、絵本の読み聞かせだった。
私の出番はマジックだ。
やることなすことうまくいかない。
いつもならすんなりできるロープマジックを失敗、ネタの札を間違える、ロープを指に引っかける、首にかけておいたネタを背中に落とす・・・・・・
かえって笑いをとったけれど。

終わって昼食をとろうと昔から評判の中華料理店に行くと外まで長い行列ができていて、入店を諦める。

少し歩くと、

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面影橋だった。

昔近くの牢から、この川の反対側の刑場までひかれていった人たちが、この橋から川を見下ろして、顔と姿形を眺め、その面影をとどめたことから、この名がついた。彼らは火あぶりに処せられた。その中には多くのキリシタンもいたとのことだ。
川の名前は草生津川(くそうづがわ)。昔原油が流れてくさかったから。この辺り一帯は八橋油田があったところ。

結局昼食は生涯学習センターの食堂で日替わりランチ。豚肉の生姜焼き定食だった。ワンコイン。

終えて向かいの県立図書館へ。
イザベラバードの日本奥地紀行に出てくる秋田病院の場所を特定したくて、資料を探しに来た。昨日古本屋で見かけた「秋田の醫史」。時間がなくて中身をちょっと見ただけ。

午後ボランティアの会議。

明日は9時からボランティア。

少し疲れてきた。
もう寝る。

それにしても、朝日新聞の連載小説、沢木耕太郎の「春に散る」、あれれという展開になってきた。
大好きな沢木のことだ。あっと言う驚きのフィナーレを見せてくれることだろう。

やっぱり寝る。

おやすみなんしょ。

今日一日 生グソなど

昨日は本当に眠かった。

遂に安ワインを半分あけて、ロックを一杯やった。
その後はもう爆睡した。

今朝も辛かったが、カルチャー教室があったので必死の思いで出かけた。

終わってから、さて昼飯をどうしようかと考えた。
久しぶりに川反のA1に行こうと思った。

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旭川沿いをぶらぶら歩いていると、街路樹の周りの雑草がきれいに刈られ、散髪に行ってきた直後みたいな気分になった。

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ここは毎年何回も掃除してくれる方がおられた。

http://blog.honyomi.jp/201306/article_3.html

やはり後継者が育ったらしい。
本当にすごいことだ。

A1のカレーライス。

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うまかった。
実は私はタマネギをクチャット似たのが大嫌い。べたべたした感触が苦手なのだ。
だからたいていのカレーライスはタマネギを残す。
しかし、ここは違った。しゃきしゃき感が残りそれでいてしっかりと火が通っている。
これこそ理想のカレーライス。

続いて古本屋をのぞいて、あそこに行った。

生グソ。

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下に行くと生のグレープフルーツが出てくる。生グソは生グレープフルーツ ソフトの略。

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甘い氷とちょこっと苦い果肉。抜群の組み合わせだ。


帰宅。
今夜も昨夜半分残したワインをやる。
そして明日からはまた断酒。

ハーモニーフェスタ2016終了

盛会だった。

人権まもるくんとあゆみちゃん。

それにスギッチ。

私はどこに?

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わらび座の皆さん。
写真は掲載許可をいだいております。転写、転載は固くお断りいたします。

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http://blog.honyomi.jp/201606/article_8.html

フー
疲れた。
私にとっての今年前半のメインイベント終了。
今日は飲む。

断酒継続中

もう1ヶ月半以上になるか。

この間、飲酒したのは3回。

どうも怖くて再開できない。

一日飲んだら、次の日に休むことができないのではないか。

そのままずるずる毎日飲み続けてしまいそうな気がする。


たばこがそうだ。

一本吸ったらもう止められないと思うから、全然吸っていない。

間もなく15年になる。


アルコールは、サッポロクラシックビール、竹鶴、ニッカウヰスキー「フロム・ザ・バレル」、ニッカウヰスキー「余市蒸留所」がある。

ウイスキーなら食後でもワンショットならいける。

一杯やりたいな。

飲むと、頭がボーとしてきて、何もできなくなる。

後はテレビを見るかソファーに横になってうたた寝をするだけ。

生産的なことが何もできなくなる。

飲まなくても同じだけれど。

あさってちょっとしたイベントがある。それが終わったらロックをやるか。

もう今日は寝る!

ハーモニーフェスタ2016

ハーモニーフェスタ2016が開催されます。

場所は、秋田市なかいち。

26日午前10時30分~。

第一部 シンポジウム
「女性の活躍と秋田のこれからを考える」

第二部 講談
「講談で語る道を拓いた女たち」

http://common3.pref.akita.lg.jp/jyosei/events/1632
http://common3.pref.akita.lg.jp/jyosei/assets/uploads/2016/05/cdbc8c212b7ce250789c3eddab5ee1431.pdf

私も会場のどこかに出没。

見かけたら緑色のかぶり物にそっとタッチしてください。

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明るい秋田

いい天気だった。

梅雨の期間中というのに晴天が広がり暑かった。

午後の秋田駅。

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東北の日本海側というとくらいイメージがあるが、本当は結構明るい。

時季によっては太平洋側よりも明るい時がある。

肌の白い秋田おばこが大いに貢献しているという少数説(私が言っている)がある。

昔、日本海側は裏日本と言われたものだった。

でも最近少し勉強してみると古代、大陸と交流があり、近世、海運が盛んだったのは日本海側だ。

どっちが表で裏なのか。

それにしても山陽と山陰というのも随分人を馬鹿にした話ではないか。

山の陰なんて。

私一人興奮しても始まらないか。あああまだまだ青いなあ。

今日もボランティアだった。

昼飯をどうしようかと考えた。

この辺りは、現役時代のテリトリー。

たまには昔通った店に行こうと思った。

ところがところが行くルートをぱっと思いつかない。

少しずつ前進するうちに次第に記憶を取り戻していったのだった。

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左 右 この頃のこと

仙台に行ってきた。

札幌は左、仙台は右、東京は左、大阪は右。

京都は右でも左でもいい。

どっちかというと京都方式が好きかな。

え?

エスカレーターの立ち方ですよ。

仙台の右は多分に東京への対抗心があるとにらんでいる。

京都は、前の人が右なら右、左なら左、その自在なところがいい。

本当は、両方に立つのが一番だと思うけれど。


今日の旭川。

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またまた左だ右だとかまびすしくなってきた。

今度は政治の話。

死んだ母が良く言っていた。

「戦前はね、左翼よりも右翼の方がおっかなかったよ(今でもそうだけれど)。兵隊は威張ってふんぞり返って歩いていた。この頃、雰囲気がだんだん戦前に似てきたね。ああ嫌だ嫌だ」

でもね、お袋、あなたはまだいいよ。
これから戦争を経験することはないんだから。
でも俺や子供や孫や曾孫やその子供達はどうなるんだろう。
よその国の戦争に引っ張り込まれるなんてごめんだがね。


眠っても眠っても眠い。

風邪を引いて咳が止まらないから薬をもらってきた。

説明をよく読むと眠くなると書いてある。

朝起きて、朝飯を食って横になるといつの間にか眠っている。

また起きて、昼飯を食って横になると目覚めるのは夕方。

だから薬を止めた。


我が家の庭の千草。

こんな花を見ながら老いさらばらえて平和な時代に死んでいく。

いつまでもそんな日が続いて欲しい。

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やっぱり眠くなってきた。

さっき薬を飲んだ。

どうしたことか

先日の食堂での出来事。

女子店員「お客様 注文の方大丈夫ですか」
えっと、注文の方って、ただ注文でいいんじゃないか?
何に一番びっくりしたかというと、
大丈夫ですか
最近は、どこもかしこも「大丈夫」ばやりで、もうあまり驚かなくなったけれど、今回ばかりは驚いた。

ホテルの営業マンとの打ち合わせ。
私をつれてその部屋に入ると、彼が奥に座り、私は入口の方に座らせられた。
どうも上座下座の概念が彼の頭の中にはないらしい。
帰り際に教えようと思ったけれど、止めた。
彼がそのことに気が付くかどうか、後は器量の問題だ。

某知事が辞任することになったらしい。
東京都の知事といえば、地方公務員のトップ。
だから飛行機のファーストクラスに乗るのもそれほど悪いとは思わない。
でも、家族との宿泊の費用やクレヨンしんちゃんまで政治資金で購っていたとなると、これは別問題。我が家の息子だって、しんちゃんは自分の小遣いで買っていた。
やっと辞任の意思を固めたという。
東京都民の皆さん、本当にいつもいつも大変な知事をいただいてお気の毒です。

島原 鯖寿司

6月5日、小雨の京都。

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珍しい。
客室に洗濯機が備え付け。

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腹ごしらえを終えてホテルを後にした。

最初に行ったところは、京都文化博物館だ。
ここにはユニークなショップがある。
頼まれた和紙を購入するため、楽紙舘へ。

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続いて京都国立博物館のミュージアムグッズが購入できる京都便利堂へ。
名刺紙を購入した。鳥獣戯画や風神雷神は購入済み、今回は富嶽三十六景の一部がカラーで印刷された物を求めた。
秋田市内で鳥獣戯画の台紙に印刷してもらったらすごく高くついた。失敗が許されないからだそうだ。わかったようなわからないような説明だ。

途中、池坊のビルで。

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烏丸御池から二条まで地下鉄東西線、山陰線に乗り換えて丹波口で降りる。
島原の角屋に向かった。

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新撰組の誰かがいたずらで傷つけた刀傷。いつの時代もいるんだな。

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理事長さんに丁寧に案内してもらった。
見所満載。
http://sumiyaho.sakura.ne.jp/

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この街はもう一度来てみたいと思った。

再び二条駅に戻り、地下鉄東西線で三条京阪へ。
京阪電車で四条へ。

川床ができていた。

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目的はここ。

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昆布は外して食べるのだそうだ。

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高島屋で阿闍梨餅など土産を購入して、離洛。

翌日、土産に購入した鯖寿司を食べると、熟(な)れて独特の風味を帯びていた。うまい。

*今回、「上洛」の反語の「離洛」を発見。

ルノワール 我が母校

6月4日。この日は上洛の主たる目的を果たす日。

まずは腹ごしらえだ。

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京都市美術館。

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ルノワール展。
https://www2.city.kyoto.lg.jp/bunshi/kmma/exhibition/2015fiscal_renoir.html
あまり激しい筆遣いではないから、どこかほっこりする作品の数々。
やっぱり「昼食後」がよかったし、親しみやすさといった点では、「二人の浴女」。

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いったん京都駅に行き、イノダのコーヒーに入る。
注文はコールコーヒーだ。
私たちの学生時代は、東京はアイスコーヒー、京都はコールコーヒーだった。

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そして、大阪茨木キャンパスに向かう。

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学内の食堂でラーメンを食べる。
今はどこの大学もほとんど同じメニューだ。
大学生協のセントラルキッチンがあってそこから送られて来るようだ。
私たちが学生の頃は手作りの料理で、それが嬉しかった。
今でも印象に残っているもの。メルルーサのフライ。

議事は滞りなく進む。

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終わって、京都駅に。
バスで高島屋まで行く。
地下でつまみの詰め合わせを購入して、ホテルに戻った。
やっぱり酒が飲めなければ、いくら料理のいい店に行っても味気ない。
ホテルでペットボトルの茶を飲みながら、夕食をとる。

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そして夜は更けていく。

丹波篠山紀行

6月3日、大好きなボンバルディアに乗って大阪空港に到着。

途中、諏訪湖や富士山が見えた。

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それにしても上空から見るゴルフ場の醜さ。
濃い緑と薄い緑のだんだら模様。地上でプレーする人たちは気が付くまいが。

大阪はいい天気。
計画通り宝塚で乗り換える。
学生時代、宝塚線に乗ったことがあるが、その頃はすらりととしたスタイル抜群の女性が大勢乗っていて、どんな人たちだろうと思ったものだった。しかし、直ぐに宝塚の関係者と気が付いた。あれはもう40年以上も前のこと。

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そして着いた先は篠山口駅。
バスで街の中心部に向かう。

昼食は、イノシシ肉を食べたかった。
ぼたん鍋を所望。
肉がたくさん入り、豆腐、ゴボウ、こんにゃく、白菜が入った甘味噌仕立ての汁だった。
御飯もうまかった。聞けば、御主人のお父さんが丹精込めて育てたお米とのこと。
実はシシ肉を食べるのは今回が二度目。
最初は京都の親戚で正月にごちそうになった。その時はすき焼きで食べたがくせのないうまい肉だと思った。

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篠山城址。

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街の中。武家屋敷跡など。
しっとり落ち着いた雰囲気のいい街だった。
醤油屋で珍しいセリの味噌漬けを購入した。
それにしても何故これほど昔の物が今に遺されたのか。
ふと、交通が不便だったせいではないかと思った。
駅から中心部まではかなりの距離だった。

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事故はここで起きた。
レンタサイクルを快適に飛ばしているうちに、ガチャッと音がした。
音の方向を見ると、ベルトにくくりつけたバッグに入れておいたはずのデジカメが道路のコンクリート上に落ちていた・・・・・・・
この時から写真は全てスマホで撮ることになる。

名物の黒豆ソフトと、コーヒー豆とブレンドしたアイスコーヒーをいただく。

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デカンショ節のDVDとCDのセットを購入した。

京都に着いて、まず伊勢丹に入った。
白雪布巾という奈良の品物を購入するためだ。家内はこれがお気に入りらしく上洛の度に所望する。
そして夕食につまみ盛り合わせの折り詰めを購入した。

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後は、トマトとバナナ。
酒は今は飲まないから飲食店には入らない。味気ないから。

今の京都にしては、ルームチャージの安いホテル。
それでも設備は充実していた。
部屋の中に洗濯機が備えられているのは初めてだ。

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そして京都の夜は更けるのであった。

寒い衣替え

おかしいのは私の頭だけかと思っていたら、そうでもないらしい。

昨日今日と寒い。天候が実におかしいのだ。

昨日の衣替えの日は、こんな天気だった。

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それにしてもどうして6月1日が全国一斉の衣替えなんだろうか。

沖縄や九州はもっと早くていいし、東北北海道はもっと遅くてもいい。

なにより、一斉にやらなくてもいい。

その時々の状況に応じて個人が判断すればいいじゃないか。

何事もみんな一斉に同じことをする。いい加減、個を尊重してもいいんじゃないかな。


今日はこんな看板が立っていた。

楽しそうなイベントだ。

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断酒中

いよいよ来たかと思った、ドクターストップ。

その内に宣告されるなとは思っていた。

2日間は残っていたウイスキーを飲んで、3日目から止めた。

現在も断酒継続中。

次回の診察で、血液検査を実施するという。

じゃあそれまで断酒しようかと。

検査が終わった日の夜からまた飲めばいい。

一週間くらいは苦しかったが今は平気。

でも、どんな料理を食べても酒がないとやはり味気ない。

後、一週間の辛抱。がんばろう。

カルチャーな日々

カレンダーにカルチャースクール、ボランティアなどの計画を落とし込むと、あっという間にスケジュールが埋まってしまった。

家内もカルチャーづいていて、カレンダーは空白がほとんどない。

通年では郷土史とマジックを受講中。

それに生涯学習センターの各種講座、やはり郷土史関連が多い。5月13日は歴史の基礎。20日は日本史の基礎と目から鱗の楽しい話に夢中になる。

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続いて放送大学の面接授業。5月14,15日は、「ウイリアム・モリスを読む」だった。講師は東京大学名誉教授で放送大学教授の草光俊雄氏だった。ヴィクトリア朝イギリスの概要から始まって、詩人、デザイナー、作家、社会主義者と多面的な顔を持つモリスの全体像を鮮やかに浮かび上がらせてくれた。

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この他にボランティアが加わるから、休みがない。現役時代は、土日は休めたが、今は稼ぎ時だ。
たまにスケジュールが空いた時はソファーで眠りこける。何しろ、特技が眠ることなので、二度寝三度寝なんかはへいちゃら。

おととい24日は郷土史関連で、手形山の麓を散策した。
佐竹東家の菩提寺白馬寺。

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佐竹義重の墓があるてん信寺。(てんは門構えに眞)

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そして本念寺を探しているうちに道に迷い手形山を横断することになった。幸いペットボトルを持っていたので水分の補給はできたが、反対側に降り立つとへとへとになった。バスが直ぐ来たので、それに乗り大学病院まで行き、着いたところはここ。一息ついた。

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そして昨日25日は、ボランティア団体の総会があり湯沢市へ。
ここは七夕絵どうろうが素晴らしい。

http://blog.honyomi.jp/200708/article_12.html

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マンホールの蓋も。

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もちろん今日は自宅でゆっくり。

優れもの 文具

優れものです。

スティック状のノリ。

一度紙に塗って何かに貼ると簡単にはがすことができます。何度も貼ったりはがしたりできます。

剥離紙のノリ版ですね。

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今日の千秋公園

久しぶりの千秋公園だ。

桜は終わり緑が一杯。

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午前中が雨で午後に上がった。

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本当は今頃の秋田は、青空が一杯に広がって暑くもなく寒くもない一番いい季節なのだ。
ところが今年は、雨か灰色の空だ。
でも、この連休に秋田への旅行を計画している人たちは、それでも訪れてくださる。嬉しいことだ。

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今日は何の日

今日5月3日は何の日だろうか。

休めるから何でもいいやと思っているのかも知れない。

私が20代の頃は、地方公共団体の主催で何らかのイベントが開かれたものだった。

一番多かったのは憲法講演会ではなかったか。

年に一日くらい日本国憲法を学ぶ日があってもいいと思った。

今はどうだろう。

どこかで憲法関連のイベントを行っているだろうか。

多くの憲法学者や識者の反対をものともせず、解釈改憲とやらで憲法を壊す内閣が施政権を握っているのでは、おいそれと開催することもできないか。

せめて家庭で子供達に憲法のことを教えて欲しい。

難しいことではない。

国民主権と、永久平和主義、基本的人権の尊重をわかる範囲で簡潔に話して聞かせればいい。

町内会の役員

なり手がいない。

ついにある町内会では、あみだくじで会長を選んだという。
一ヶ月だか二ヶ月交替のところもあるそうだ。

私も役員をやっている。
仕事は、各班長へ、回覧するチラシなどを配付すること。
それらを手にして思うのは、どうしてこれを町内会が配らなければならないのかという疑問。

もともとは、市町村などの行政からのお知らせを配ったものだろうが、今では市役所の広報誌は業者委託だ。
それに代わって多いのが福祉関係団体や小・中学校、交番などからの依頼。
福祉関係などは、市と同様にいっそのこと業者委託にして欲しいと思う。新聞の折り込みでもいい。
福祉は公益事業だから、地域の団体が協力するのが当然という意識が見え見えだ。
小・中学校は、地域でも子供達を見守り育成するのだから、町内会にも関心を持ってもらいたい、ということだろう。その趣旨はわかるのだけれど、頻度を考えてもらえないだろうか。年度当初に主な学校行事の紹介、半ばに進捗状況などを広報する。後は、学校のホームページにその時その時のエピソードを紹介してもらう。今ならたいていの家でパソコンやスマホを持っているから、それでも十分ではないかな。

不要不急のチラシはできるだけ止めて欲しい。
町内会もこれから老齢化が進めば、チラシを配って歩ける人もいずれはいなくなるかも知れない。
特に冬、寒くて外に出るのもおっくうな時や積雪で歩くのが危険な時など、お構いなしにチラシを届けられる。
少しはその人達の身にもなって欲しいと思うのだけれど。

イボ 喘息

右目の直ぐ横にできたできものが気に掛かる。

皮膚癌じゃないかと思って皮膚科を訪ねた。

結論は、単なるイボとのことだった。

液体窒素で治療してもらった。

その夜、夜中にぱっと目が覚めて、何気なくそこに触れた。

何かがつぶれてにゅるっとした感覚。

はっきり目が覚めた。

翌朝、やっぱりクリニックへ行った方が良いという結論に達した。

行ってみると、水ぶくれになったイボをつぶしてしまったとのことだった。


暫く前から咳が出る。

これは肺癌に違いない。

たばこを吸いすぎたもんな。

昨日、遂に病院に行った。

色々調べてもらった結果、軽度の喘息とのことだった。

そこで処方してもらった薬を毎晩吸い込んでいる。

67歳。

この先何があってもおかしくはない。

横山大観 雪印パーラー

4月24日。早くも帰りの日になった。

小樽の叔母の所へ向かう。

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高齢だが顔色も良く元気な姿に安心して、札幌へ戻る。

高速バスを道立近代美術館前で降りて、同美術館で開催中の横山大観展を鑑賞する。
たくさんの日本画を鑑賞するのは長野県信濃美術館東山魁夷館以来だ。

http://blog.honyomi.jp/201209/article_5.html

穏やかで淡い色使いの日本画もいいなとしみじみ思った。
有名な「無我」を見てほっこりして、「紅葉」の艶やかな美しさにほれぼれした。

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続いて、駅前のデパートで毛ガニを購入することにしてバスに乗った。

時計台の近くになって、ふとある店を思い出した。
札幌にはこれまで何度も来ているというのに、その店のことは記憶の彼方に追いやられていた。

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どうせ食べるなら昔からあるアイスを頼もうと思った。

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味が濃く、うまい。
土産に持ち帰ろうと思ったら、空港の売店から購入することを勧められた。なるほど、それなら少しだけれど持ち運び時間が短縮できる。

デパートでは、毛ガニとジンギスカン。それ以外は一切購入しない。

いい天気だったから空の旅は快適だった。

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エンジンがかかると右側のプロペラが先に回る。両方一緒に回るのではない。

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カニの甲羅酒を飲んで爆睡した。

ああ、また旅に出たい。

法事 ポプラ並木 少年よ大志を抱け

23日は、法事。

いつものように、般若心経の唱和から始まった。
続いて修証義など。
僧侶と一緒の読経が続く。
焼香、お説教。

そしておとき。
料理に舌鼓をうちビール、酒などをいただく。

僧侶と話をしていると、本院のある東北のある地域では、墓地で御飯茶碗を割る風習があるとのことだった。しかも片付けないまま帰るので、危険で非常に困っているとの話だった。秋田ではお寺で焼香する際、香箱に10円とか100円のコインを入れる。さすがに5円(御縁)は入れない。地域によって様々な作法があることの一例として語ってくれた。

その後、夜の会食まで時間があったので、いったんホテルに戻り少し休んでから、北大に向かった。
ポプラ並木が見たかったからだ。

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途中、クラーク博士の銅像。
「青少年は 老いやすく 学なりがたし」と言った人だ。(㊟これはジョークです。念のため)

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途中、さすが旧帝大。

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とうとう構内のはずれ近くまで来てもわからない。学生に聞いてみると、かなりの距離を戻らなければならないと教えられた。
このまま、最寄りの地下鉄駅に向かうか、当初予定どおり並木を見に行くか迷ったが、戻ることにした。

案の定、まだ芽吹いていなかった。
中学生の時の修学旅行は北海道だった。その時、緑一杯のポプラの並木を見ている。昭和37,8年の頃だ。もう一度見たいと思ってまだ果たせないでいる。

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その夜は、すすきので。札幌の夜は更けていくのであった。

余市 札幌 小樽

叔父の三回忌の法事があって、北海道に行ってきた。

4月22日、秋田空港をボンバルディアで出発、新千歳空港に降り立つとほっこり暖かい。
秋田よりも暖かく感じられた。
お気に入りの30年近くも着たバーバリは結局不要だった。

空港駅で、弁当を購入した。
かなりの量の酢飯で、最近では日中これほど多くの炭水化物をとることがない。

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法事の行われる前日に着いたから、この日をどうやって過ごすか随分考えた。
結局、もう何度も訪れて卒業したはずのマッサンのところに行くことにした。

小樽までの途中の景色が大好きだ。

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小樽駅でバスに乗り換えた。

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そして余市。

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ワンショット3杯。

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そしてここでしか入手できないウイスキーとミニボトルをゲット。

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余市駅前にて。

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小樽までは列車を利用した。
暑い。
季節外れの扇風機が回っていた。

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小樽から札幌へ。

ホテルにチェックインして夕食会場へ。

叔父達と合流。
久しぶりの生のジンギスカン。うまかった。
牛肉とも豚肉とも違う柔らかな食感。

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人良し、酒良し。
そして札幌の夜は更けていくのであった。

なんとしたもんだ

秋田弁で「これはまたどうしたことか」

朝起きるといい天気だった。
家内は、晴れ後雨の予報だから、傘を持って行けという。
この天気で雨ということはなかろうと、手ぶらで出かけた。

カルチャーの講義が終わって、外に出ると曇り空になっていて風も冷たい。
生徒の一人が「今朝、雪降ったしよね」と言う。
「えっ、降ったしか」

駅前のデパ地下でそばを食べ、地上に出るとなんと雪が降っていた。
この時期の雪は、雪国でもかなり珍しい。
ゴールデンウイークの頃の降雪が一回だけ記憶にある。

桜祭りも間もなく始まるというのに、これで開花はまた延びるかも知れない。

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明日は、星辻神社のダルマ祭り。
ボランティアの帰りにちょっと寄ってこよう。

http://blog.honyomi.jp/201504/article_7.html

夜は、この数年同じボランティア団体に所属して活動してきたメンバーの一人を送る会。寂しくなるな。

今日の秋田市

午前中はボランティア。

可愛い子供達に絵本を読み聞かせる。
喜ぶ顔を見られるのがすごく楽しい。

久しぶりに千秋公園に向かう。
途中、ババベラアイスが見えた。

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これからが本番だ。
公園や道路端、イベント会場などに出没する。

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公園の松下門近くにさしかかると旧割烹の松下が見えた。
ここは今再生プロジェクトの真っ最中。
私も少しばかりお手伝い。
外観がきれいになっていた。

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公園の中に入ると、冷たい風がおさまり寒さは感じなかった。

花が咲いている木は数本のみ。
もう少し時間がかかりそうだが、桜祭りの準備は着々と進んでいた。

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胡月池の大賀ハス苗床も整備され、また可憐な花の観賞が期待できそうだ。

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沈丁花

午後から雨。

庭の沈丁花がだいぶ前から咲いている。

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女房に「沈丁花咲いているよ」と言ったら、

「だいぶ前から咲いているよ。気が付かなかったの?」

とっくに気が付いていた。

花の名前が思い出されなかっただけだ。

町に出よう

本を6冊持って売りに行った。

60円になった。
片道のバス賃にもならなかった。
俺が持っていた本はそんなに価値がなかったのか。
でも面白いシリーズだったがな。

マジック教室へ行った。
今一番心和む場所だ。
同じくらいの年齢の男女がああでもない、こうでもないと言いながら一所懸命頑張っている。
今日はカードとロープを3本使ったマジック。
先生は辛抱強く教えてくださるのだが、こちとら飲み込みが悪い。
やっと一ステージを覚えたと思って次に移ると、前のことを忘れている。
みんな同じようなレベルだから、かえって楽しい。

市民市場に行き、筋子とたらこと竹の子を買った。

帰宅途中、小川の土手はツクシの畑だった。

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今日も良い日。

夢の子供達

今日の朝日新聞の広告で完訳エリア随筆を見つけて、もう矢も楯もたまらず購入してきた。

バスで秋田駅前まで出て、フォンテの前の宝くじ売り場でスクラッチを購入し、今日の運勢を試してみた。残念ながらはずれ。

バスに乗ってリサイクルショップへ行った。

持ち込んだ本15冊は、合計366円で売れた。

再び秋田駅前に戻り、ジュンク堂へ。
あった、ありました。
完訳エリア随筆Ⅱ正篇[下]。
これに夢の子供達が収載されている。

http://blog.honyomi.jp/200506/article_5.html

かつて読んだ本が不満なわけではない。
別の翻訳でも読んでみたかっただけ。
やっぱり体が震えそうな予感がするのだけれど。

今日でさよなら

今話題の自販機を取材に行ってきた。

NHKさんがかなりの力の入れようだ。特番を組んだりニュースでもしっかり報道。

現場に行ってみると行列ができ、NHKはじめ取材クルーが3組も来ていた。

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私が着いた時、ちょうどお湯を沸かしているということで、残念ながら販売が中断されていた。

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この場所での販売は今日で終わるが、来月の中頃からセリオンリスタに場所を変えて再開するという。その時には是非行ってみたい。
かつては、パチンコ屋や道路端などいろいろな場所に設置されていたものだ。

そこでそのセリオンリスタ。

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セリオンの道の駅で、珍しいインドリンゴが売られていた。

子どもの頃食べることができた唯一のリンゴ。

もちろん購入した。


例年秋田市内で一番早く咲く桜。県庁の中庭だ。

何故早いのか、諸説ある。

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今年はどんな花見になるだろうか。

誕生日

昔はやった誕生日の歌を歌っている。

何度も何度も同じ歌詞が続くあの歌だ。(たぶん60歳以上の人でなければわからない。公募して入選した歌だ)

今日は67歳の誕生日。
眉毛は真っ白、髪は白髪が多い。
しょっちゅう実年齢よりも老けてみられる。
カルチャーサークルの70歳の女性に同じか年上にみられてしまう。
いずれはそんな歳になるのだけれど。

大腸のポリープを摘出して以来、通じが良くなったような気がする。

空咳が出る。近いうちに呼吸器内科に行かなくちゃ。

やっぱり長生きがしたい。

誕生日プレゼントはシャツ。

ディナーは・・・・・
先日、二人で何かを食べたな。
何だっけ?

断捨離を始めた。
ガラケーが1500円で売れた。
本が500円で売れた。
デジカメが100円で売れた。
売れる物を徹底的に売って、旅に出よう。

祖母の50回忌、来年は祖父が100回忌。
あの世でみんなに会えたら嬉しいな。

祝 北海道新幹線開業!!!

一日一杯青空が広がったのは久しぶりのこと。

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何しろ昨日とおとといは雪が降った。
例年ならこの頃の雪は決して珍しいわけではないけれど、比較的穏やかに推移した今シーズンではやはり異常だ。
今日は風が少し冷たかったが、室内よりも外に出た方が気持ちよかった。

子どもの頃、秋田県の南の外れから母の実家がある小樽まで国鉄で移動するのは大変な難行苦行だった。
まして幼子二人を連れて旅行する母にとって、苦労の連続だったろう。

まだ、特急はおろか三等車に指定席などなくて、準急という名称なのに、どうしたものかあちこちで長い時間停車する列車や、鈍行という名称がぴったりの普通列車を乗り換え、やっとの思いで青森駅に着くと、乗客は一斉に走り出し青函連絡船に向かうのだった。
出港はたいてい真夜中のことで、船底に近い客室で雑魚寝。船酔いも何もとにかく堪え忍んで函館に到着するのをひたすら待つのだった。

函館に到着するとここでも列車に向かって走り、それでもやっとの思いで席が確保できるといいけれど、座れないこともあった。しかしそこは良くしたもので、幼子をだっこしたり、席をつめて座らせてくれる人たちもいた。

そうして小樽に着くと叔父か伯母が迎えに来てくれて、実家に上がって緊張の面持ちで祖父母に挨拶しやっと人心地つくのであった。

そんなことだから、子ども向けの雑誌にやがて青函海峡にトンネルができて列車が走るようになるという記事を見つけた時には、あまりのうれしさに小さな胸を期待で膨らませたものだった。

何十年後かにそれが実現し、青函トンネルを通った時、それほどの感動は覚えなかった。
なぜなら、秋田から青森まで行ってそこで乗り換え、更に函館でも乗り換えるから、トンネルのメリットをほとんど享受できなかったからだ。

来月札幌まで行くので、行きは飛行機、帰りはJRを利用して北海道新幹線にも乗ってみようと思った。
そこで、出たばかりの時刻表を購入して色々調べてみたが、少しは乗車時間が短縮されたけれど、何のことはない、これまでと同じ場所で乗り換えしなければならず、日本海側から北海道に渡る乗客にとってはほとんどメリットがないことがわかった。これが太平洋側つまり東北新幹線の利用客なら、少なくとも新青森での乗り換えがなくなるから、かなり楽になる。

3.11の後で太平洋側の交通網が遮断された時、それを補完したのは、日本海側の交通網だった。秋田港に陸揚げされた荷物が、秋田自動車道などで運ばれ、人も秋田新幹線などで移動したはずだ。

国土の均衡ある発展というけれど、いったいどこに均衡があるというのか。

トワイライトエクスプレスという大阪と札幌を結ぶ定期列車があったけれど、それが通過する秋田県内では乗客の乗降ができなかった。観光客を乗せて関西と北海道を結ぶ列車だから、一般の旅行者を乗せる列車とは目的が違うというかも知れない。しかし、せめて秋田駅で乗降させてくれても良かったのではないか。もう廃止になった列車のことについて今更愚痴をこぼしても始まらないのだけれど。

新潟(新津)から秋田までは羽越本線。秋田から新青森までは奥羽本線。JRにしてみれば、新潟と秋田を結ぶ特急は一両に数人しか乗っていないこともあるが、そんな列車を走らせる赤字垂れ流しのこの路線に最大のサービスをしてくれているのだろう。
けれどもこの路線が冬期間などの強風時には頻繁に止まり、運休や部分運休があることは、おそらく同本線の利用者以外はほとんど知るまい。NHKが全国放送したことがあったか。

ところが、日本海側を走るこの路線は、素晴らしい風景に恵まれている。大学時代、特急白鳥で京都を往復すると、素晴らしい景色を飽きもせず見続けていたものだ。そんな特徴を生かして何とかならないのだろうか。

それでも
北海道新幹線開業おめでとうと言おう。
できるだけ早く札幌まで結ばれますように。

本心から
祝 北海道新幹線開業!

弥生三月

三月は北国にとって微妙な時期だ。

二月までの寒さも和らぎ、庭の隅や道路の路側帯に黒ずんで残っていた雪も溶け始めやっと春の訪れを思わせる。

かと思うと、思い出したかのように猛吹雪に襲われ、あっという間に10センチくらいの積雪深になることもある。

それもやがて三寒四温が繰り返されて、下旬にはほっこりした日だまりができ、フキノトウが頭を出し、一気に百花繚乱、待ち望んでいた春がやってくるのだ。

百花繚乱と言えば”森は生きている”という芝居を思い出す。
中学生か小学生の頃だから50年も前のことだろうか。
最近はとんと聞かないが、いい作品だ。
私に腕があれば絵本化して子どもたちに披露したいけれど、夢のまた夢。

明日は彼岸の中日。
缶ビール、ワンカップ、たばこと父が生前大好きだった物を購入してきた。
コンビニでたばこを買おうと思ってCabinを探したが見当たらない。店員に聞いてみると今は名前が変わってWinstonというのだそうだ。たばこを吸うのにも横文字が読めないと駄目か。だいたい名前が変わっても直ぐに覚えられないのではないか。

今年の三月は、めっきり春めいている。
土手のスカンポ、フキノトウ、ツクシの群生もやがてみられるだろう。


狸の婿入り

今日はころころ変わる天気だった。

一ヶ月ぶりの絵本の読み聞かせに行く途中、真っ青な空だった。
ふとバスの窓から外を見ると、なにやら白い物がたくさん舞っている。
何だろう?
まだタンポポは芽を出していないから、綿帽子のはずがない。

ふわふわと空から舞い降りる白い花びら、美しい。
あっと思った。
雪だ。
真っ青な空だから雪のはずはないとの思い込み。

快晴で雨なら狐の嫁入りと言うけれど、
雪なら
そうか
狸の婿入りだな。

だんだん曇ってゆき
また晴れて
変わりやすいのは男心と春の空。

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この頃のこと

今日は父の祥月命日。

酒の大好きだった父のために、高清水を買ってきた。
先日、金物屋の5割引セールで買ってきたちろりで熱燗にしてささげた。
桜餅、バナナなど菓子と果物も供えた。
父が良く買っていた宝くじも買ってきた。
当たる前に逝ってしまったから、俺が敵を討つ・・・・・(返り討ちにあうか)

それにしてもいい天気だった。

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先日は、親友の御母堂が亡くなられた。
中学生の時からお世話になった。
いつも明るく元気な方だった。
ただただ御冥福をお祈りする。

3日は男三人のひな祭り。
少し高いけれど赤提灯では味わえない素晴らしい料理に舌鼓を打つ。

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安土城 石山寺 瀬田の唐橋 焼き鳥

2月28日はいい天気だった。

ホテルで朝食をとって、外に飛び出した。

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京都文化博物館の便利堂へ直行した。
ここでは京都国立博物館などのミュージアムグッズを入手できる。
クリアファイル、一筆箋を購入して地下鉄烏丸線で京都駅へ。

ここから京都線で安土へ向かった。
この京都線という名称がややこしい。東海道本線の一部なのだけれど、我々東日本からの旅行者にはどこからどこまでの路線なのか皆目わからない。むしろ東海道本線と表示して欲しい。もっともJR東日本も、東北本線の一部を宇都宮線なんて呼んでいるから東西を問わないと言うことか。

安土と言えば信長。駅前で迎えてくれた。

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安土城郭資料館を見学。
記念に天下布武のスタンプを購入した。

http://www.azuchi-shiga.com/n-jyoukakusiryoukan.htm

駅前に戻り、タクシーに乗って安土城跡までを往復した。
城山の上まで昇るには時間がないし、少し階段を上がると左膝が痛むようになった。
ドライバーは初め怪訝そうな顔をしていたが、やがて趣旨をわかってくれて、登り口まで連れて行ってくれた。
そして帰りには、楽市楽座の跡とか、八幡山とか説明してくれた。
八幡山は、去年の6月行っている。
そのことを思い出して、安土城と八幡山の関係がスッキリと頭に入った。

http://blog.honyomi.jp/201406/article_4.html

再び電車に乗って今度は石山駅で京阪石山坂本線に乗り換えて石山寺駅で下車した。

前回訪れた時は雨だったが、今回は晴れ、駅から寺まで歩くのも苦にならない。

http://blog.honyomi.jp/201506/article_2.html

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梅の花が八分咲きくらいか。

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瀬田の唐橋を通り、

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再び京阪に乗って石山駅でJRに乗り換えて京都へ。

南座の向かいにはこれがある。

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よーじやなどで土産を買い、フランソアで一休み。

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高島屋の地下で阿闍梨餅などを購入してホテルへ。

フロントマンに「あなた方が普段行く店を教えて」と聞いて、焼き鳥屋を教えてもらった。
この店が大正解。焼き鳥はどれもうまかった。京都でお気に入りがまた一つ増えた。

小腹が減ったのでラーメンを食べてからホテルへ戻った。

そしてまた京都の夜は更けていくのであった。


29日の朝食。

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河原町から阪急に乗り、大阪空港。

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秋田は雨だった。

播州赤穂 京都 大阪

2月26日、大阪空港に降り立つと「おお寒!」と思った。
秋田が寒いのは当然だけれど、大阪がこんなに寒いとは思わなかった。

途中、富士山を拝み

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中部国際空港、大阪城を上空から視察した。

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空港からバスで新大阪駅へ向かったが、途中、はらはらのし通しだった。
玉突き事故が2件もあったそうで、道路が渋滞、予定の列車に間に合うか心配だった。
何しろものすごく安いチケットだから変更がおそらくきかない。
しかし、ここで長めの乗り換え時間をとっておいたのが功を奏した。
新大阪駅の窓口が良くわからないから、迷ってもいいように1時間くらいの余裕をみておいたのだ。

ぎりぎりセーフだったが、チケットを受け取らなければならない。
大きなみどりの窓口があったのでそこで並んだ。すると、放送があって、ここはJR東海のチケットセンターだという。と言うことは、これから私が乗るJR西日本の窓口は別にあることになる。

そこを出て改札口の駅員に聞くと、だいぶ離れた場所を知らされた。
やっとチケットを入手して新幹線に乗り込んだ。

相生で降りて、在来線の到着を待っていた。
すると次から次と大編成の貨物列車が通り過ぎていく。
西日本の圧倒的な物流の力を見せつけられた思いだった。


播州赤穂。
駅ビルで名物の塩ラーメンを食べた。
絶妙の塩加減。
しょっぱくないのにしっかりとした味付けのスープ。
実にうまかった。

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更に餃子も注文。

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こちらは味噌だれで食すのだという。
この食べ方は初めてだったが、実にうまかった。

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最初の目的地赤穂海浜公園に向かったが、直通のバスがないとのことで途中の停留所で下車した。かなりの距離を歩かなければならない。とぼとぼ暫く歩いてみたが、風が冷たく、意欲も萎えた。

引き返そうと思い時刻表を見ると、帰りのバスの到着時刻までかなりの時間があった。途中、バスから見えたお城まで歩いて行くことにした。

やっとここまでたどり着いて、

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歴史博物館に入館した。

その後城内を散策。

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大石神社でお参りをする。

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大石良雄宅

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花岳寺
あいにく時間切れで閉門。残念。

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駅に戻る。

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小腹が空いたので、駅前で見かけたたこ焼きを購入した。
明石で食べたたまごやきのようなふわふわした食感で美味だった。

播州赤穂駅から新快速で相生駅へ。
なんとも不思議なことに、新大阪駅で乗り換えの後、この新快速に再び乗車して京都駅まで行くことになるのである。(が、結果は新大阪で一本前の新快速に乗ることができた。)
それなら初めから、そのまま京都まで乗って行けば良さそうだけれど、実は特急料金も含めた新幹線利用の方が安いのだ。

京都駅到着はデパ地下閉店の間際だった。
知人に、有名店のつまみ瓶詰めを送り、弁当を探していると、九百数十円の品をワンコイン五百円で販売するという。
それに乗った。

地下鉄烏丸線で宿まで向かう。
烏丸御池で下車して、歩き始めた。
しかし、だいたい予想を立てた辺りにそのホテルが見当たらない。
これまで何度も利用している。
遂に諦めて人に尋ねると、烏丸通りから西の方に来ているという。
私が行くのは東側。
頭の中で北と南が逆転していたのだ。
目指すホテルは四条と三条の間にある。
烏丸御池は三条に近い駅だから、降りて南に向かえばいい。
しかし、北に向かっていた。
ホテルに着いた時にはもうへとへとだった。

購入した土産
 塩味饅頭
 赤穂の塩
 米と塩(大石神社)


27日、朝食はイノダのコーヒーでモーニングを食する。
禁煙席を頼むと今は全館禁煙になったとのことだ。
かつてはヘビースモーカーだった私だが今は大の煙嫌い。
そのいい加減さがなんとも恥ずかしい。

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相変わらず、お得感一杯だ。

ふと見ると、スパゲッティをフォーク一本で食べている女性がいた。
女性はたいていスプーンも使うので、珍しかった。
後で聞いてみると同店では、客の要望がない限りスプーンはセットしないとのことだ。
最近ネットで知ったことだが、スプーンを使うのは、フォーク一本で食べられない子どもの作法だそうだ。
秋田市内の洋食店でも(ここではスプーンをセットしていたが)同じことを言っていた。

続いて、京都文化博物館内のミュージアムショップ便利堂へ向かった。
ここでは京都国立博物館などで販売しているミュージアムグッズを取り扱っている。
お土産にクリアファイルと一筆箋を購入した。

そして、我が母校の立命館大学大阪茨木キャンパスに向かう。
今年4月からは総合心理学部も開設。
キャンパスの広さには目を見張る。
スタバもあるしコンビニもある。
子どもの遊具もあるから家族連れで一杯だ。
建物もゆとりのある設計で、廊下は広々。
このような充実した環境で勉学できる学生は幸せだと思う。
会議にもしっかり参加。

帰りは茨木駅前の赤提灯で、軽く一杯。
たこの天ぷらという珍しい料理を食べた。

再び頭の中の南北が逆転しないように、朝、きっちりと出口の番号を控えておいた。

静かに夜が更けていった。
懐かしい思い出とともに。

購入した土産
 一筆箋
 クリアファイル

平成雪合戦(補訂)

今日はぼた雪。

湿った雪が重い花びらのように落ちてくる。
もう少し水分の少ない方が楽だけれど、雨よりはましだ。
時々、ハーフコートについた雪を払い落とすことができる。

圧雪されて少し溶けては固まり、また溶けては固まりを何度も繰り返しているうちに、厚い氷が道路を覆っていた。
先日その氷を掻き砕いた。

家の前の道路は全面撤去して、近くの小川の堤防の上の小道も、なんとかやっと一人歩けるくらいの幅に路面が露出するまで作業をした。

実は、その小道に上がるには5,6段くらいの階段を昇らねばならないのだけれど、そこの氷をつるはしで砕いている女性がいたので、応援に駆けつけたのだ。
我が家の道具は極めて効率よく氷に対処できる。この作業に関してはつるはしよりもよほどスピードアップできる。
http://blog.honyomi.jp/201212/article_30.html
階段の氷を処理して次に小道に移った。
距離が結構長かったが、とにかくやり遂げた。
これでつるつる滑る氷を歩かなくても、買い物に出かけられる。

自然対人間の雪合戦。

雪による事故は、秋田県内で既に3人の死者、重軽傷者60人、合わせて63人もの被害者が発生している。
http://www.pref.akita.lg.jp/www/contents/1451894843690/files/higaihou20160219.pdf
こうした情報は、”雪に慣れた”雪国のローカルニュースになるだけで、よほどのことがなければ、まず全国に報道されることはない。

雪国対非雪国との雪合戦。

朝5時から一斉に雪かきを行う町内会があるという。
朝の苦手な人、体力の劣る高齢者や女性、夜勤の人等々様々な事情の人がいるというのに、これはあまりではないか。
だいたい我が家は、歩行者が安全に通行できるような除雪で十分と考えている。
とは言え、周りが始めるとやはり心穏やかではない。結局のところ、少し気温が上がった頃、やっこらしょと腰を上げて、車道も含めて除雪することになる。
年に2,3日なら一緒に作業をして御近所との交流に意義を見いだすこともあるだろうけれど、ほとんど毎日ではね。
その他に隣家とのトラブルもある。
後10年後、どれだけのお宅が除雪できるだろうか。

町内との雪合戦。

例年なら、一番寒いこの時期、今年はかなり気温が高い。
雪も少ないし、過ごしやすい冬を送っている。
このまま今シーズンを終わることができたらいい。
おそらく雪国の住民みんなの願い。

デパ地下と商店街

秋田市内のデパ地下、と言っても一つしかないけれど大勢の人で賑わっていた。

いつもこのくらいの人出があったら秋田駅前商店街も大いに活性化すると思う。
毎日セイントバレンタインデーならいいのに。

かくいう私も自分用に一箱購入してきた。
家族からもらった物は既に消費してしまったし、せめて本番の日に食べる物を手元に置きたかった。

今は、義理チョコなんかもらえることは皆無だし、自分の物は自分で用立てするほかない。
3月14日は、やはり自分用にクッキーを購入したらいいだろうか。

それにしても秋田市の広小路商店街の閑散ぶりは目を覆うばかりだ。
駅前も駅ビルとデパート、商業ビル数軒でなんとか商店街の趣を保っている感じ。
最近では商店が店じまいした後に居酒屋などの飲食店が進出し、今や飲み屋街と見まごうばかりだ。

かつては、時計店、書店、文房具店、旅館、電気店、おもちゃ屋、衣料品店、菓子屋、写真機店等々様々な業種が軒を連ね、商店街を形成していてそれなりに消費需要を満たしてくれたものだ。
しかし、今は孫におもちゃの一つも買ってやろうと思っても、駅前では無理。国道沿いまで出かけなければならない。それも車のない我が家はタクシーで。

これで人口が益々減少していった後、10年後にはどうなっているのだろうか。
行政も民間もそれなりの対策を考えているのだろうが、特効薬がない。
高齢化が進み、年金暮らしの爺さんと婆さんがチョコレートやクッキーを買っている姿が目に浮かぶようだ。

郊外のショッピングセンターは賑わっているようだけれど、その代償はあまりにも大きい。

グランクラスと中流

私が子どもの頃、国鉄の客車の車両にはⅢ(3等車)と表示されていた。

たまに、Ⅱ(2等車)と表示された車両が連結されることがあった。
その車両に行くには、磨りガラスのはめ込んだドアを開けなければならなかった。
たまに車掌が出入りして、ちらりとのぞき込むことができたが、そこは別世界。
椅子には白布がかけられ、今で言うロマンスシートだった。

Ⅲはというと、硬いシートのボックス席。中国流に言うなら硬座席と言うことになるか。

大人に聞くと、戦前はさらにⅠ(1等車)があったのだけれど、あまりにも差別的で格差を助長しすぎるということで進駐軍が廃止させたのだそうだ。

さて、今は普通車の他にグリーン車(これは昔ならⅡだろう)、そして最近はグランクラスというものができたそうだ。これはさしずめⅠだろう。
そればかりか、列車そのものが高級仕様の編成ができたようだ。

儲けたいJRと、差別化されたい一部の高級志向の乗客の要求が一致したということだろうか。

母が元気なら言ったことだろう。
「だんだん戦前に似てきたね」と。

そう言えば最近とんと聞かない言葉に「中流」がある。
かつては、日本人の7割か8割が中流。それが社会の安定を担っていたような気がする。
今では働き方も大きく変わり、正規雇用の他にかなりの非正規雇用があり、社会全体が落ち着かない。
正規雇用を望んでもやむを得ず非正規雇用になる。なんともやるせない世の中だ。
上流と下流に大きく分化したのだろうか。
かくいうこの私もいつしか下層老人になっているかも知れない。

ブログ開設12年目へ

いよいよ明日から12年目に入ります。

これも多くの皆様のおかげです。

心から厚く感謝申し上げます。

この先どのくらい継続できるかわかりませんが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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会津若松 喜多方

31日、磐越西線で郡山駅を出ると、直ぐに線路の周りの積雪が増し、だんだん深くなっていった。

猪苗代湖の当たりが最深だったろうか。

ところが、会津若松はほとんど積雪がなかったし、乗り換えて向かった喜多方も同じような状況だった。

喜多方と言えば、ラーメン。
昼食には少し早かったが食堂に飛び込んだ。
写真はチャーシュー麺。

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少し太めの縮れ麺。
スープは、子ども時代に慣れ親しんだ、”ちゅーか”のそれだった。
あっさりした醤油味。
喜多方ラーメンと全国にその名をとどろかしただけのことはある。

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喜多方はまた蔵の町でもある。
市内のあちこちに点在した蔵を見て歩く。
歩道は広く商店も様々な業種が展開している。
ラーメン同様どこか懐かしいたたずまいの町だ。

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次に向かったのは会津若松。

最初はもちろん鶴ヶ城。

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最上階まで徒歩だという。怖じ気づいたけれど実際に上がってみると、様々な展示で工夫が凝らされていて、それほど苦痛を感じないまま展望台にたどり着いた。

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ここも佐竹氏とゆかりのある土地だ。
城近くの福島県立博物館を見学。

駅までタクシーに乗った。
「雪がほとんどありませんね。雪の少ない土地柄ですか」とタクシードライバーに聞いてみると、いつもの年なら50センチから1メートルくらいの積雪があるのだけれど今年は異常だと言っていた。

小判型の会津塗の容器に入った弁当を購入した。
郡山から仙台で乗り換えたこまちの中で食べたが、美味。
弁当箱はそのままお土産になった。
ちょっとした行楽などには体裁のいい容器だと思う。

秋田到着。

翌日から暫く一人暮らしが始まった。
朝は、ベーコンエッグとミニトマト、レタス。コーヒー、牛乳、トースト、バナナにミカン。
昼はインスタントラーメン。夜はほとんど外食。
筋子とおでん、海苔の佃煮で夕食を食べたことがあった。

日中は、家内が東京から帰るまでほとんど毎日洗濯。
一枚も汚れ物を残さないまま洗濯機を引き継いだ。
やればできるのである。


水戸 常陸太田

昨日、先日切除した大腸ポリープの細胞診の結果を聞きに行ってきた。

結果は良性とのことでその夜は祝杯を挙げた。


承前

30日は、上野駅まで出てコインロッカーに荷物を預け。水戸に向かった。
(この頃のコインロッカーは使いづらい。コインを入れて鍵を回すタイプは後の方に押しやられて、前面にあるのは、デジタルタイプ。いつか使えなくなるのではあるまいか。おそらく多くの高齢者からそんな声が上がりそうな気がする)

水戸駅から直ぐに茨城県立歴史館へ。
実は秋田の殿様は、水戸から国替えで来た人だ。
その佐竹氏の歴史を少し知りたかった。

立派な建物で、内容も充実。
しかし、佐竹氏の後に徳川氏が入り、例の黄門様も藩主に就いた藩だから、そちらの内容が圧倒している。
それでも、いろいろな資料を頂いたり購入したりして、秋田の歴史の前と後がつながった。

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続いて弘道館という旧藩校へ。
梅がちらほら咲きだった。

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そして水戸一高のある水戸城址へ。
立派な薬医門は、佐竹氏の頃既にあったもの。

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それにしても小学校などの校門に、江戸の頃の城門を復元し、かつてのお城を彷彿とさせていていいなあと思った。
秋田も、市立中央図書館明徳館や明徳小学校に昔の門を復元してみたらどうだろうか。

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水戸の後は上野に戻って美術展を観る予定だったが、国立西洋美術館がその日休館との情報が入ったので、急遽更に遡って佐竹氏発祥の地常陸太田に向かった。
同地では佐竹寺を拝観。

上野に戻り、荷物を受け出して郡山に向かった。

ラファエル前派とフェルメール

メタボ健診で引っかかり、1月26日、大腸の内視鏡検査を行った。

結果は4個のポリープの存在がわかり直ちに切除。
以来アルコールを断っている。

そして、29日大人の休日倶楽部パスで上京した。

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渋谷のBunkamuraでラファエル前派展を鑑賞。

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大好きなミレイなどの作品を楽しんだ。
異様に長い手や足のラファエルはどうしても好きになれない。
だから前派。
描く方も観る方も同じ考え方の人がいる訳か。

続いて向かったのは、フェルメールとレンブラント展だ。
金曜日でもあるし、相当の人出があると想像して行ったのだが、拍子抜けするほどのがら空きだった。
目玉のフェルメール「水差しを持つ女」をたっぷりと鑑賞。
やわらかな光のグラデーション。
以前は光と影の対称が鮮やかなレンブラントが好きだったが、今はフェルメールも好き。
考えてみれば、世界に数十点しかないというフェルメールの作品が、何回かの東京での展覧会でそのかなりの点数を鑑賞できるというのは素晴らしいことだと思う。

雨の東京。

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寒かった。
こんな日こそアルコールで中から燃やしたら暖かいのにと思ったが、ぐっと我慢して床に就くのであった。

さるまたとパンツ

意外と早く乾いたので、昨夜からさるまたをはいた。

父が愛用した理由を理解した。
LLサイズを購入したからゆったりしているのはわかるが、実に肌触りが良い。
腹をすっぽり覆うから腰の辺りをゴムで圧迫しない。
つまりかゆくならないのだ。
伝統的なさるまたには支持される合理的な理由があるのだ。
父がはいていた物と比較すると、ややスリムなデザインになっている。
ずんぐりむっくりの体型からやや細身になったようだ。
そう言えば、サルマタケがひとしきり話題になったことがあるな。

ところで20年くらい前、職場の女性たちが「パンツ」、「パンツ」というので昼間っからなんとはしたないと思ったものだ。
しかし、微妙にアクセントが異なり、男の肌着と異なる物と知れた。
日本には、ズボンというれっきとした名詞がある。
何故それを使わないのか。
まっどうでもいいか。

乾燥肌

歳をとるとあちこち不調なところが出てくる。

今度は乾燥肌だ。

ある日、あちこち体がかゆくなり、病院に行った。

乾燥肌だそうで、専門の異なる3人のドクターがそう言うからまず間違いないのだろう。

治療法はと言うと、クリームなどで保湿することだそうで、水分をたくさん摂ったからと言って、改善するわけではないらしい。

腹囲が特にかゆい。

これはパンツのゴム紐で締め付けられて血行が悪くなり(自己診断)かゆくなるのではないか。

そこで、パンツを買うことにした。

種類はさるまた。

父が元気な頃、母が良く買っていた代物だ。

それを売っていそうな店はたぶんあそこと決めつけ、行ってみると案の定売っていた。

もう生産をしていなくて貴重な物だという。

買ってきた物をみてみると、確かに父が愛用していたさるまただけれど、デザインは少ししゃれている。

家人が洗い、明日からはけることになりそうだ。

今まではブリーフとかトランクスをはいてきたが、下着もその歳にふさわしい物があると言うことだろうか。

そう言えば最近はふんどしもはやっていると言うから、今度挑戦してみようかな。

超高齢社会

先日のこと、いつものクリニックで高齢の女性に出会った。

彼女は玄関から待合室をのぞき込んで、迷っている様子だった。
あまり混んでいるので午後からまた出直してくるという。
腰が曲がり杖をついているので、「何で来るんですか」と問うと、「車」とのことだった。
こちらから聞いたわけでもないのに、「85歳」と言う。

バス停の前に止めた車の運転席側のドアが少し開いて、腕が出てきた。やがて手で屋根をつかみ、体を引きずり出すようにして高齢の男性が降りてきた。
車の屋根伝いに手を這わせながら、ゆっくり歩き、ポストの近くまで来ると素早く手を放して、倒れ込むようにポストにつかみかかり、何かを投函した。
その後は、まったく逆の行動。
そして何事もなかったかのようにスルリと出て行った。

ここのバス停は、奥にポストがあるから、真ん前に車を止めて投函する人たちが後を絶たない。
直ぐ近くには郵便局の駐車スペースがあるのに、他人の迷惑を考えない人たちが少なからずいる。
でも、この男性の場合は仕方ないなあと思った。
手伝って上げれば良かったが、どのような行動に出るのか最後までわからなかった。

高齢者の免許証を返還させるべきだという議論が高まっている。
しかしそれは、公共交通の不便な地方の実態を知らない人たちの言うことだ。
お年寄りたちがおいそれと返還するとは思われない。
これからは団塊の世代が対象になってくるけれど、車の利便性に慣れ、その恩恵を一番享受している彼らがそう簡単に手放すはずがない。
地方で車を手放すことは、地域社会から隔絶することに直結する。
どうしても返還させたいのなら、代替措置について、試算し具体的な例を挙げて高齢者を説得することだ。

今日は、高齢の女性患者が腰を曲げてふらふらおぼつかない足取りで診察室に入って行った。
出てくると、なんと待合室で待っていた更に高齢の女性が座った車いすを押して歩き始めた。
その方が歩きやすいのかも知れない。

私は間もなく67歳。
たまに高校生に席を譲られることがある。
その私でさえ、人生の先輩たちや障がい者には席を譲っている。

大都会にいると気が付かないと思うけれど、地方では確実に着実に超高齢社会が進行している。
バスの乗客は圧倒的にワンコインパスの利用者だ。68歳以上の人は市役所からパス(証明書)をもらうと片道100円で利用できる。
やがて団塊の世代も仲間入り。
バス路線が少ないことや本数が少ないことを嘆かないで欲しい。
その原因の一つは、カーライフを満喫し、公共交通機関を利用してこなかったことにもあるのだから。

町内会の行く末と言い、今日の記事と言い、将来がどうも明るく見えない。
消費税の増税分で、少しは借金を減らし、高齢者の保健・福祉に回して欲しいと思うけれど、さてどうなるのだろうか。
高齢社会を長寿社会なんて言いくるめても、大変な事態が待っていることに変わりはない。

ウウ
寒くなってきた。
すきま風のせいばかりじゃない、と思う。

得意のあれで行こうか。
あたしゃ仙人。
地上のことにはもう・・・・・・

町内会

かつて、占領軍(昔「進駐軍」といった)は日本の隣組の力におそれをなしたそうだ。

東京で指示した事項が、翌日か翌々日には全国津々浦々に伝わっている。
電話・電信網がまだ成熟していない時代のことだ。
そして、占領軍は隣組の解散を命じた。

その後、地域の自主的な運営組織として町内会、自治会などが誕生したが、それが今危機にさしかかっている。
会員の高齢化が著しいのだ。
あと10年、20年後には世帯数がかなり減少してしまう。その結果、町内会の役員のなり手がなくなり、回覧による情報伝達がかなり厳しい状況に追い込まれるのではないか。

既に市の広報誌は業者委託で配布されている。これからもこの方法は変わるまい。
問題は、行政以外の団体の配布物が結構あることだ。市でさえも民間委託なのだから、団体もそうして欲しいと思うのだ。もし駄目なら、今はIT社会、いっそのことホームページやメールを活用したらどうだろう。不要不急な回覧は廃止するのも一手だと思うけれど。
将来を見据えて今から対策を講じておかないと、いざという時、おいそれと適切な対応ができなくなる。


暖気になり、雪が緩んで歩きにくくなった道をよたよた進み、ふうふういいながらこんなことを考えている。

大雪

大雪の昨日の出来事。

朝7時のニュースでは、関東甲信地方の大雪が延々と放送されていた。
雪国では何でもない積雪深だけれど、普段降らない地方では大変な事態であることが想像できる。
いつものことだけど全国放送で長時間流すニュースなのか。
地方の人たちにも関係があるといえば、交通機関の運行情報くらい。そちらに旅行する人たちへの情報提供は必要だろう。
後のトピックスはローカルニュースで報道してもらえばいいと思うのは、雪国に住むあくまでも私個人の偏見、傲慢だろうか。(多分そうだと思う。)

バスを待っていると、のろのろと車列が進んでいき、進行方向の信号が赤になるとぴたりと止まる。その渋滞の原因はあなたの乗っているその車も一端を担っているのだけれど。普段はほぼ定時で運行するバスが10分遅れで到着した。

ふと目の前で止まった車のドライバーをみると、若い女性が左手でハンドルをつかみ、右手で歯磨きをしていた。
かつて電車の中で歯磨きをしていた初老の男性を見たことがあるが、車では初めて。タクシードライバーの話。運転をしながら歯磨きをして、窓を開けて、口の中の物を吐き出す男性がいるとのこと。
どこまで進むことやら。洗面器で顔を洗う人もでてくるかな。

ボランティアを終えて、帰りのバスに乗った。
二人がけのシートに女性が一人で座ったいたので、「つめてください」と言うと後を振り向いて、そっちも空いていると言いたげだった。結局、横に置いてある荷物を膝にのせて席を空けてくれたが、最近、いくら混んでいても知らぬふりでシートを独占している人がいる。

こんな細かいことをいちいち気にとめていると、神経が参りそうになる。
だから、三ザルで行こうと思うのだけれど、まだまだ人間ができていない。