秋田のうまい物 定食

大病院の近くには、おいしい物を出す食堂があるというのは、私の実に勝手な思い込みだが、でもやはりあるのだ。

たくさんあるランチのメニューの中から、今日は野菜炒め定食を選んだ。

うまい。

高熱で炒めているせいか、野菜にはしゃきしゃき感が残る。それでも火はしっかり通っている。
豚肉も少し入り、野菜だけでないのもいい。

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こちらは一週間後に食べたカツカレー。
柔らかいカツ。
やっぱりこれもうまかった。

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一つでもおいしい物があると、そこで提供される物はたいていうまい。

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秋田大学附属病院前のウイング・リバ-。

夜の読書

ミステリー”夜の床屋”を読んだ。

その関連で、ふと、思いついたのは夜の読書。

子どもの頃から本を読むのが好きだった。
ごろりと横になり、肘をついて本を読む。
そのせいか、やや斜視気味だ。

高校生になると、布団に仰向けになり、どてらをかぶって布団を掛ける。
どてらの袖に両腕を通し、本を読む。
寒い日でも腕は冷たくならないから、夜遅くまで本を読むことができた。

今は寝室にも暖房が入るけれど、昔のようにどてらは使わせてもらえない。
室内の気温は、少しばかり暖かいけれど、腕を伸ばしたままでは、やがて冷たくなる。
だから、ベッドに潜ったら、目をつむる。直ぐに夢の世界だ。
尿意を催して目覚めると真夜中だ。
ああ今日も、失われた時を取り戻すことができなかった。

外は冷え冷え。
雪が降り積もり、帰宅した時の靴跡がうっすらと埋まりかけている。
明日も雪。
少し寒さを我慢して、何か読もうか。

民謡教室

秋田県人として生まれた以上、秋田民謡の一節くらいは歌えるようになりたいと思った。

中学・高校生の頃、NHKのローカル番組といえば地元の歌い手による民謡がほとんどだった。
子どもはみんな飽き飽きして馬鹿にしたものだった。

しかし、歳をとるに従って郷土に関心が高まり、この頃では、秋田おばこや長者の山などの秋田民謡が好きになった。そして、せめて一曲くらいはちゃんと歌えるようになりたいと考えるようになった。

そんなわけで、先月から教室に通うようになった。

第一回目は、生保内節、秋田節、そしてドンパン節だった。

二回目は風邪のため欠席、三回目も出席できそうにない。

でも、郷土に育まれた歌の数々を少しでもいいから覚えたい。

この頃のこと

年末風邪を引いた。

咳が続き辛かったが、やっと治った。

この間の昼飯各種。

ワンプレートは、豚肉の生姜焼き、ミニハンバーグステーキ、白身魚のフライ。
そのフライをサクリとかじると突然懐かしい思い出が蘇った。
四〇数年前、大学生協の食堂で食べた白身魚のフライ。時々記憶の片隅の味が突然思い出されることがある。その頃はメルルーサのフライと書かれていた。

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同じレストランのカレーライス。
肉とタマネギだけ。しっかり煮込まれているからほとんど原形をとどめない。ニンジンも芋も入っていない。こういうカレーが好きだ。

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富山ブラックラーメン。秋田大学の食堂。
本場富山でこれを注文したら、店員がしきりに御飯も勧めた。
かなりしょっぱいからそういう組み合わせがいいのだと思った。
ここのはマイルド。

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昨日、朝食を抜いて胃カメラ。
終わってから、御褒美を兼ねて、まず焼肉、続いて場所を変えて天ぷらそば。
案の定体重が増加していた。

そして今日は刺身定食。

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12月27日から酒を飲み出した。
松の内が終わる1月8日から再び禁酒の予定だったが、胃カメラの結果、異常がなかったので祝杯を挙げ、暫く延期することにした。

孫は、じいじ(正月期間中、厳しい指導を続けた結果、やっと”おじいちゃん”と呼ぶようになった)とそり遊びをしたがったが、あいにくの少雪で、期待に応えられなかった。

右膝の上部(太もも)がかゆかったので、掻いたら皮がむけ、皮膚科を訪れると化膿しかかっていると言われ飲み薬、塗り薬を大量に頂いてきた。
誰も塗ってくれないから、自分で治療に精を出している。
これからの男は一人で何でもできなくてはいけないのだ。(亡き母の口癖)

鼻の粘膜がかゆく、上から押さえるようにして刺激していたら、鼻血が出てきた。

皮膚もあちこちかゆい。早い話が加齢とともに干からびて来たから、クリームなどで保湿しなければならないのだろう。
歳をとることとは、なんともやっかいなことだ。

昨夜から降った雪も、今日昼にはほとんど溶けた。
しかし、歩道の日当たりの悪い部分は圧雪されてつるつるになっていた。

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今年初めての絵本の読み聞かせ。
私はどちらかというとマジックの方が期待されているみたいだ。
だいたい子どもより大人の方が喜んでいる。

今年もこんなあんばいであっという間に日数が過ぎていきそうだ。

新年明けましておめでとうございます

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

穏やかな元日を迎えました。
道路は乾き、車が通ると埃が舞い上がります。

さすがに千秋公園はしっとりしたたたずまいを見せておりました。

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八幡秋田神社と弥高神社から御朱印を頂いてきました。
日吉大社から始めた御朱印帳がついに満杯になりました。
宇佐神宮、筥崎宮、石清水八幡宮、鶴岡八幡宮と源氏の氏神様の御朱印を頂きました。

広小路に向かうと、道路はてかてか、慎重に歩きました。

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どうぞ皆様良いお年を!!!



おおつごもり

いよいよ大晦日。

昨夜は恒例の忘年会。
いつも12月30日に同じメンバーで行っている。

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他にも牡蠣のあぶり。

ボリュームも質も素晴らしい。


慰安婦問題もなんとか解決できそうだ。
素直に喜びたい。
それにしても「軍の関与」を認めた我が国政府。これまでの主張はなんだったのだろうか。
嫌みはもう言うまい。
隣国とは仲良くやっていった方が良いに決まっている。
今年最高のニュースだった。

皆様良いお年を!
来年もどうぞよろしく!

「関係性」って何?

この頃はやっている言葉で、意味の判然としないものがある。

「関係性」だ。

その文脈をよく読んでみると「関係」と言った方が、良く意味が通じる場合がある。

なぜ「関係性」なんだろうか。

そもそも「関係性」とはどういう意味なんだろうか。

私は自分で意味が分からない言葉は、使わないようにしている。

この関係とこの関係の関係性については、関係が良くわからない関係性なので関係ない関係性なんだと思う。
意味おわかりかな?

海苔

子どもの頃、父が指さしてこれをなんと読むと聞いた。

海苔と書いてあったから、褒めてもらえると思ってノリと言った。

馬鹿と大声で一喝。

たまたま遊びに来ていた伯母がそっと「うみこけ」と教えてくれた。

今でもわからない、小学校の3年か4年生の頃。

海苔がノリでは何故いけなかったのか。

その後も父は只の一度も「うみこけ」なんて言ったことはなかったのに。

あの世に行って聞いてみたいことの一つだ。

遠い世界

消費税の軽減税率が自民党と公明党の間で話し合われ、大筋で決着を見たらしい。

けれどもその決着がどこか遠い世界の出来事で、どうしても自分たちと大いに関係のあることだとは思われない。
実感が湧かないのだ。

広範な国民的な議論が行われたのか。
そもそもお得意の公聴会などが開催されたのかどうか。

年金生活者の私には、上がった分収入が目減りして、それを補う手段もない。
一定の所得以下の人には、これもおなじみのばらまきが行われるのか。

その一方で、法人関係の一部の税は引き下げの検討が行われているとか。

なんだかな。
例えば一億円もするマンションを購入する人とか、目の玉が飛び出るくらい高い宿泊料を払う人とか、給料の一ヶ月分を超えるような飲食をする人とか、超高級車を買う人とかは10パーセントよりも高い税率であっても良い気がする。

税制の小難しい議論があるのだろうけれど、税率を上げるのなら、もう少し庶民が納得できる方法を考えて欲しい。

福祉や保健が安心できる社会、子孫にあまり多くの負担を残さない財政、望んでも無理かな。


遠い世界と言えば、原子力発電所の再稼働も同じ。
いつどこで、どれだけの国民的議論が行われて決まったのか。


あたしゃ仙人、間もなくあちらに行く身だけれど。

ハタハタの食べ方

子どもの頃、祖母から教わった秋田名物ハタハタの食べ方。

両手の人差し指と親指で背と腹を押さえ、肉と骨が分離するようにゆっくりと揉む。

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しっぽを切り落とす。

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骨を付けたまま頭を引きちぎる。この時、右手の人差し指と親指で背と腹を軽く押さえる。そして、頭ごとゆっくりと骨を引き抜く。頭を完全に引きちぎってもいいが、骨を引き抜くのが少し難しくなる。

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骨は背骨だけだから、他の骨は気にせず、もうむしゃむしゃ食べれば良い。ヒレが結構かたいので要注意。

鮎もこの方法だそうだ。

サンマもこれでいける。最後まできれいに抜けた時は、ちょっとした達成感が味わえる。

のさかしょうじょ

野坂昭如をこう読んだ人がいたらしい。

確かにあきゆきとは読みにくい。
その野坂昭如氏が亡くなった。

平凡パンチの”真夜中のマリア”の連載で名前を知ったか。高校生の頃だ。
大学の頃は朝日ジャーナルの全盛期。
学生運動の動向が良く載った。
その三派系全学連のシンパサイザーを自称して「心情三派」と呼んだのも彼であった。
エロ事師、とむらい師、真夜中のマリア、火垂るの墓等々の小説、他にも新聞や雑誌の寄稿を見つけると、すぐに読んだものだ。
反戦を貫く彼のエッセーには大いに共感を覚えた。

県の招きで実は秋田にも来たことがある。
会場からの「秋田県人の印象は」との問に、唖然とすることを答えた。会場は、爆笑、苦笑。

黒めがねは、実はシャイな性格を表していたか。

国家非武装 されど我愛する者のために戦わん
再版されないかな。

合掌

来るモノが来た

メタボ健診の結果。

遂に出た。
ドクターストップ。
「肝臓がだんだん壊れてきているね」
「薬をもらえませんかね」
「酒飲んでいる人に薬は出せません」
「止めたらくれるんですか」
「上げません」

回りくどい言い方。
要するに酒を止めろと言うことだ。
そうすれば薬を飲まなくて済む。
初めからそう言ってくれればいいのに。
まだ、ストックが一杯あるから、在庫がなくなったら、来年あたりから止めることにしよう。それに忘年会の予約も入っていることだし。

他にも大腸の精密検査が必要とのことだ。

昨夜は何度目かの忘年会。
赤ワインをがぼがぼ飲んだ。

下町ロケット ガウディ計画読破。
電子ブック版は実にいい。
スマホやタブレットは軽いし文字の拡大縮小も自在だ。

仙台かき紀行 ついでに大学

久しぶりに仙台のかき徳に行ってきた。

30年ぶりくらいだろうか。
その頃は、後輩と二人で焼酎をボトルでとって、かきのコースを味わったものだった。
それにかき豆腐。絶品だった。

今回は、まずかきの炙り焼き。

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土手鍋。

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そして、フライ。
ちなみにかきフライというのは、日本独特の物だそうで、中にはこれを楽しみに訪日する人もいるとのこと。某大学のある講義で教わった。

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楽しみにしていたかき豆腐は、土日は提供されないとのこと。残念。食べたい場合は、提供される時間等も事前に店に確認してから行った方が良い。

こうして仙台の夜は更けていったのである。が、実は主たる目的は放送大学の面接授業を受けるためであった。

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であったが、2日目の午後の講義をすっぽかし、ピカソを見に行ったのである。

この日、仙台地下鉄東西線の開業初日と聞き、やはりこれに乗らずばなるまいと思い、駅まで歩いた。

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切符を購入する人の列が長く続き、その理由がわからなかったが、自分の番に来て良くわかった。普段見慣れた券売機と勝手が違っているのだ。これでは戸惑うなと思った。もちろん大勢の人が並んだことも大きな理由だけれど。

小ぶりな車体。普通の地下鉄の車両と比較すると2割方小さいかも知れない。天井が低いし幅も狭い。
既視感があった。いわゆる新交通システムなどで導入される小型の車体。

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けれども、車体とホームの間の隙間がほとんどないから、小さな子どもや車いす、ベビーカーの乗り降りには便利なことだろう。

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宮城県美術館でピカソを鑑賞。

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いったん仙台駅までバスで戻り、再び東西線に乗ってデパート藤崎へ。
バッグや土産物を購入。
駅まで歩いているうちに、ダイエーが見えたので飛び込んだ。紳士服売り場で半額になったという換え上着を発作的に購入した。袖が少し長かったが着ているうちにそれに合わせて腕が伸びるかも知れない。

そして、こまちの人となったのである。

コンサート 響きⅨ

今年も”響き”のチラシが届いた。
荻田ヒサ子さんと柴田周子さんのマンドリンギターのコンサート。

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今年は第九回、ギタリストのキム・ヨンテさんがゲスト。

http://guitarkim.jimdo.com/

12月1日

横手市かまくら館

問い合わせは、コンサート響き実行委員会 TEL0182-32-9438

http://blog.honyomi.jp/200909/article_25.html

皆して行ぐべし!!!

男女平等

6月に大人の休日倶楽部のパスで旅行した時のこと、ふと男女平等について考えさせられた。

あちこちで、シルバーのカップルにお目にかかったが、いくつかの特徴を発見したのだ。

男性が70歳代、女性は60歳代半ばくらい。
男性が荷物を二つ三つ持ち、前屈みになってふらつきながら列車に乗る。
その後を女性がハンドバッグ一つを持ってしずしずと続く。
この場合、どちらにより体力があるのだろうか。
同じとしても、それなら荷物を分け合って持った方がいいのではあるまいか。

私が子どもの頃は逆だった。
男性は旦那様だから、荷物なんか持たない。
女性が赤い顔をして汗をかきかき大きな荷物を抱え、よろよろと歩くシーンを目撃したことがある。

先日、長崎、京都などを旅行した時、ちょっといたずらをした。自分のバッグ一個を袈裟懸けにして外に出て、上がりかまちに荷物を三個残し女房に持たせようとしたのだ。
猛烈な抗議。そりゃ無理だろうと思った。

男女平等と言うけれど、結構、男が無理する平等もある。
デート代を男が全額持つのも、人によっては女性を経済的無能力者扱いすると言って嫌う人もいるそうだ。

男女平等も結構難しい。

嫁と姑

またまたガラにもないことを書くが、高校一年生の頃の話。

と言うことは50年も前のことだ。
秋田県立産業会館という施設があって、そこで文藝春秋の講演会が開かれた。

弁士は、伊藤整と円地文子(私は”えん”と覚えていたが”えん”が正しいのだろうか?)。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E8%97%A4%E6%95%B4
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%86%E5%9C%B0%E6%96%87%E5%AD%90

今となっては、演題も講演の内容も覚えていない。
一つだけ、伊藤整が話した嫁姑のことだけが記憶にある。

彼は、アメリカでは嫁姑問題が解決した、日本もやがて20年もしたら克服するだろうという意味のことを話した。

日本で、本当に解決したのだろうか。昔ほどひどい嫁いびりは聞いたことがないが、両者の葛藤は未だにあるらしい。もっとも、嫁と姑でなくても人間関係は難しい。そういう意味では永遠の課題なのかも知れない。
とすると、伊藤整はどうしてあの時、あの場所であのような話をしたのだろうか。
しかし一番の謎は、私がそのような話を何故今まで覚えていたか。

高校一年生といえば15歳。随分ませた高校生だった。

まめぺーじ

高校でしきりに「ひこぺーじ」、「まめぺーじ」という先生がおられた。

まめぺーじが悪い私は暫くその意味がわからなかった。

ある時、ただのことをどうしてロハというのだろうかと考えていて、ただという漢字をよくよく見てみると、「只」はカタカナのロとハからなっていることに気が付いた。

ロ+ハ=只

と言うことは、

ひこぺーじは、

彦+頁=顔

すると、まめぺーじも、

豆+頁=頭

そうか

そうだったのか

と深く感じ入るのであった。

ai

長崎の母音を取り出すと、N=aaai≒愛になる。

しかしその伝で行けば我が秋田も、aiaでやはり愛になる。

秋田も愛に関しては負けていない。

何しろ愛飲者は多いし、

愛読紙は秋田魁新報で、

愛魚がはたはた、

愛嬌のある老人は多く、

愛玩動物に秋田犬、

愛人がいるかどうかはわからないが(少なくとも私には関係ないが)、

愛くるしい美人は多いし、

愛らしいモニュメントも一杯ある。

南の長崎、北の秋田

お互い「愛」でつながりましょうなんて、

先陣を切る長崎に仁義を切って

愛の町秋田宣言をしたらどうだべが。

愛の町秋田で売り込めそうだがな。


秋田、今日はいい天気。

まだ狂い咲きの花々は頑張っていましたよ。

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コイの至極

コイの至極は偲ぶコイ

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恋が成就する前に命尽き果てるコイも

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浮き世は悲しい


午後、秋田市主催の”あきたの建物探訪~武家・商家・農家をめぐる~”に参加

旧奈良家住宅(農家)、旧黒澤家住宅(武家)、旧金子家住宅(商家)を見学

写真は旧藩時代500石の黒澤家

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庭に咲いていたお茶の花

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右の二の腕がかゆい

インフルエンザの予防接種の注射跡

今日も快晴

朝食を抜いてメタボ健診へ。

終わってから、早めの昼食をとりに焼き肉店へ。

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カルビランチ。
写真の肉は二人分。

その後いつもの千秋公園へ。

オオカエデは最盛期を終わって落葉が始まっていた。

しかし、狂い咲きは健在。

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太平山もくっきりと見え

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日本海を隔てて男鹿半島の寒風山の頂上も良く見えた。

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お歯黒

お歯黒といっても今の若い人たちには何のことかわからないだろう。

昔、既婚の女性は歯を黒く塗ったのだ。

私たちが子どもの頃の時代劇映画では、時々このお歯黒の女性が登場した。

客席に向かって、美しい女優がニット笑うと真っ黒い歯がむき出しになって、それはそれは怖かったものだ。

私の祖母は明治生まれの人で、歯の多くが抜けていたが、それでも残っている歯の根元にはお歯黒の名残があった。

NHKの朝のドラマを見ていて、この主人公もドラマでは既婚者のはず、お歯黒をしたらどうなるだろうと思った。

朝っぱらから真っ黒い歯を見せられたら、視聴者から苦情が殺到するだろうなと思った。
相変わらずしようもないことを考える。


今日は、父の誕生日。

いい天気だった。

もしまだ元気なら101歳か。

旨酒を酌み交わしたかった。


今日の千秋公園。樹齢200年とも300年とも言われるケヤキ。すっかり冬を迎える準備が整ったようだ。

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やっぱりな

その広告を見た時からこうなるかも知れないと思ったんだ。

案の定やってしまった。

買うかも知れない。

買ってしまった。

アジア・太平洋戦争辞典

特別定価 25,000円+税

+税を見落としていた。

書店のキャッシャーで、27,000円ですと言われた時、うろたえた。

25,000円だろうと。

消費税を加えると27,000円になるのに思いつかなかったのだ。

あの戦争のことをじっくり勉強してやるぞ。

明日から勉強することにして、今夜はもう寝る。

もう本は買わない。

ことにする。

じゃちゃけち

久しぶりに家でゆっくりした。

最近、ぼんやりしていて(いつものことだけど)ふと子どもの頃のことを思い出した。
県南部のある町で過ごしていた頃、近所の子どもたちと一緒に汽車ごっこで遊んだ。

じゃちゃけち じゃちゃけち ひょー

これを標準版にすると

シュシュポッポ シュシュポッポ ポー

になる。

私は、シュシュポッポの方がスマートで(生意気にも、洗練されていると思った)いいと思い、じゃちゃけちは馬鹿にしていた。

しかし今思うと、じゃちゃけちの方が、あの蒸気機関車が必死に重たい客車をひいて走る時の音をより忠実に表しているような気がする。

さあ あなたも どうぞ
少し早口で

じゃちゃけち じゃちゃけち ひょー

狂い咲き繚乱

狂い咲きって、私のことだろうって?

いいえ違います。
今、秋田市の千秋公園が大変なことになっているのです。
あちこちで季節違いの花が咲き乱れているのです。

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公園は寒かったです。
でも、市民や観光客で賑わっていました。
ここは本当にいい公園だと思います。
四季折々様々な表情を見せてくれます。
これであの寒い冬が少し穏やかなら申し分ないのですが。

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今日もまた

毎日毎日飽きずに同じ記事を掲載している。

8時20分から35分まで近所の小学校で絵本の読み聞かせ。
げんきなマドレーヌ。
2年生だったけれどみんな集中して聞いてくれた。
不思議な作品で読んだ後になんとも言えない爽快感が残る。

10時からボランティア。

千秋公園のここが私の一番好きなビューポイントだけど、残念ながらピークを越えてしまったらしい。
一年中、様々に表情を変えて楽しませてくれる。

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またまたここに来ちゃった。

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午後、イザベラバードに関する講演を聴きに行く。

いったん帰宅して、コンサートへ。
久しぶりにアトリオン音楽ホールに入った。
実は、”クレモンティーヌ meets AUN J クラシック・オーケストラ”のチケットが当選したのだ。
クレモンティーヌという女性歌手と和太鼓、笛、琴、三味線などの和楽器演奏集団とのコラボ。
桃太郎、となりのトトロ、ドンパン節など良く耳にする曲目で楽しませてくれた。

明日も朝9時からボランティア。
少しは休んだ方がいいかな。

旭川 オオカエデ 雪吊り

久しぶりに秋田市の中央部を流れる旭川のケヤキを撮ってきた。

今年はあまりきれいでない。
葉が枯れて最高の舞台を見せずに終わりそうだ。

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ここの鯉ももう少し錦鯉がいれば明るくなるのだけれど。
それに餌の無人販売なんかがあってもいいな。

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水くみ場の階段。

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そして千秋公園へ行く。

今日もいい天気。

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小学生が遠足で来ていた。
輪になって昼食を食べ、その後広場でかけっこ。

小さい子どもたちとも一杯出会った。
数ヶ月から5歳くらいまで。
こんにちはと挨拶すると、じっとこちらを見る。
いないいないバーをやるところころ笑う子も。
最後はもちろんバイバイだ。
本当に癒やされる。

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学生時代、下宿から出ると鴨川脇の川端通りを少し下り荒神橋を渡って当時の広小路キャンパスに行った。
その途中、府立医大の楓や銀杏が日に日に色づき、それが日を追うごとに濃さを増していくのを眺めながら、なんて素晴らしいんだと思ったものだ。気温が少しずつ低下するのが良いのか。秋田では一気に寒くなる。だから紅葉もあっという間に終わってしまう。しかし、ここ2,30年の間に温暖化が進み、今ではここでも、時間の経過ごとに色の変化を楽しめるようになった。

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雪吊りも始まった。
もうすぐあの嫌な時期が来る。
冬将軍は装備を調えいつでも出陣できる体制を整えていることだろう。

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明日は久しぶりに絵本の読み聞かせだ。
そして、ボランティア。
夜はコンサートに行く。

文化の秋、
食欲の秋でもあるが、糖尿病予備軍はいつも空腹をこらえている。

涼しい日本

涼しい日本て何だろうと思った。

NHKのCool Japanが面白くてほとんど毎週見ている。
数人の外国人をゲストに、日本のクールと思われる場所や物、風俗、風習などについて、語り合う。
Coolは涼しいじゃなかった。
同番組の副題が”発掘! かっこいいニッポン”というから、かっこいいという意味なんだろう。

この番組では、その日のテーマがたいてい”クール”という結論になる。だから日本人としては自尊心をくすぐられ大いに気持ちがいい。

先日、京都に行った時、欧米や東南アジアの人たちが回転寿司を食べながらはしゃいでいたが,日本の寿司をリーズナブルな価格で楽しめるのが嬉しかったのかも知れない。これもクールなのだろう。

この頃、テレビも雑誌も本もやたらとクールジャパンと言い出した。
他国の人たちに関心を持ってもらい高く評価してもらうのは、嬉しいものだ。
しかし、なんでも海外の反響に踊らされるのは、反面自分たちに自信のない表れのような気もする。

あれもこれも世界遺産。
最近は何でも世界遺産だ。
外から評価されなければ自信が持てないのだろうか。

いっそのこと宇宙遺産でもつくったらいいのに。
富士山の頂上で見る満月とか、
宇宙から見たら芥子粒ほどにも見えない何とか諸島とか。

あたしゃ仙人
クールでもホットでもいいけれど
自分たちがいい物はいい。
人の評価は気にしない、って思いたいけれど、
この仙人、まだまだ娑婆っ気が抜けなくて、なかなか自信が持てないのである。

母一周忌

墓参りに行ってきた。

去年の今日、夜10時過ぎ、母が入所している施設から電話が入った。

心肺停止になりそうだと。


着いた時には既に息を引き取っていた。

まだ体は温かかった。



あれから一年。

未だに実感が湧かない。

施設でゆるゆると暮らしているような気がして。

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母の大好きだった花、明るい花束にしてもらった。

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列車、二景。

由利高原鉄道鳥海山麓線。

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JR羽越本線。

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帰りにぽぽろっこで温泉入浴。

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直売所では、こういう物も。

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今日もイベント

まず秋田市男女共生フォーラム。

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いろいろな団体が様々なブースを出店、ステージのショーとともに一日中楽しませてくれました。

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そして、大屋根下でも。
子ども虐待防止キャンペーンとDV防止キャンペーンも。

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ポポロ-ドには早くもクリスマスツリーが飾られ電気が灯されました。

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朝、またふらつき。
脳に異常はないのだからやはり耳鼻科かなあ。

明日は男女共生フォーラム

秋田市の「第25回男女共生フォーラム」が明日開かれる。

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今日は来年同市で開催される「日本女性会議」のプレイベントが行われた。

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私は、枯れ木も山の賑わいと自認して、出席してきた。

第3分科会の「秋田から発信!一人一人が活躍できるこれからの働きかた」を聴講した。

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基調講演は鹿嶋敬さん(内閣府男女共同参画会議議員)の「男女共同参画社会の形成と女性の活躍推進」で、第4次男女共同参画基本計画に関する丁寧な説明があった。

その後は、パネルディスカッション。

女性のパワーを感ずる一日だった。

明日は、フォーラムがある。

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皆さんも是非どうぞ。

天声人語の本屋さん

9月24日の天声人語が、ネット書店に押されまくっている「リアル書店」のささやかな逆襲が始まったことを紹介していた。

「村上春樹さんの新作(略)初版10万部のうち、9万部を紀伊國屋書店が買い(略)他の書店にも回す」とのことだ。
「勢力を増すネット書店に対抗するため」「今回アマゾンなどに流れるのは5千部」程度だそうだ。「多くの読者は通販ではなく、街場の「リアル書店」まで足を運ばなければならない。どんな結果になるだろう」と。

決まっている。地方の読者は入手が困難になるということだ。新刊が入手できるリアルの書店というのは、おおかた全国規模の書店や大消費地の大書店のことだろう。地方資本の細々とした書店になんか入荷しないだろう。

若い頃、東京出張の折、時間があれば必ず立ち寄ってくる場所があった。そのことを話すと周りのみんなが「俺も」「俺も」と言い出した。そこは、八重洲ブックセンター。

http://blog.honyomi.jp/200506/article_14.html

今はジュンク堂秋田店ができたから随分良くなったが、それ以前は新刊を購入するとすればたいてい注文だった。そして商品がなかなか届かない。10日待たされるなんていうのはざらで、2週間も1ヶ月近くも待たされることがあった。だから何かのついでに上京すると、駅に近い八重洲ブックセンターに寄ってくるわけだ。

http://blog.honyomi.jp/200711/article_33.html

ネット書店が様々できて、注文すると速ければ翌日、遅くても2,3日中には手元に届くようになった。

理想は、手にとって商品を確認してから購入できる街の本屋と、品揃えが豊富で重いものでも宅配便で配達してくれるネット書店の共存だろう。

大都市の消費者は、ネット書店で購入しなくても大書店で入手できるから、ネット書店に頼る地方の消費者の気持ちはわからないのだろう。

かつてのリアルな書店を、懐古趣味的に語ることは自由だけれど、優位な立場の人たちは往々にして相対的に劣位にある人たちのことを忘れがちになる。どうか、あなたがたとは”違う人たち”も大勢いることを、頭の片隅にとどめておいてもらいたい。

書店だけの問題ではないけれど。


今日の千秋公園

昨日と打って変わって寒い一日になりました。

小雨がぱらつき、足下も寒く股引の一枚も重ねたいくらいでした。

先日までは紅葉がいまいちと思っていましたが、今日は素晴らしかったです。

これが雨でなく好天だったら・・・・・・

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大賀ハスも今年のステージを終えました。

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十分楽しませてくれました。

この寒いのに季節外れの花を咲かせてくれる植物もあります。

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今日はあいにくカツラの木の芳香を楽しむことができませんでした。

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また近々行ってみることにしましょう。

秋田県立博物館

9月9日、久しぶりに秋田県立博物館に行ってきた。

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幕末秋田藩講話会の2回目「秋田藩陪臣社会の構造」だった。
直臣と陪臣の違い、陪臣が農村社会と近接していたことなどを具体的な例を挙げて丁寧に説明してもらった。

さて、この博物館、そこまで行くのに実に不便なのだ。
秋田で多数派を占めるマイカー族にとってはどうということもないだろうが、私のようにそれを持たない者は当然公共交通機関を利用することになるのだが、そこまでの便が無い。以前は、博物館の前まで行くバス路線があったのだが、廃止になってもうだいぶ経つ。
だから、最寄り駅の追分まで行って、そこから25分くらい歩くかタクシーを利用するほかない。今日は、駅の最寄りまでバスで行って、駅からタクシー。帰りは博物館からタクシーで駅へ。そこから電車に乗って秋田駅で降りた。
人口三十万都市の博物館に公共交通機関のサービスが無いというのはいかがなものかと思うが、そのような声はとんと聞かれない。
一番驚くのはおそらく他県から訪れた人たちだろう。

ではどうするか。
大町の旧ダイエー跡に移転してはどうだろうか。
ここに引っ越しすると大町が博物館通りになる。
まずねぶり流し館。

http://www.city.akita.akita.jp/city/ed/ak/fm/fmtop.htm

赤れんが館。

http://www.city.akita.akita.jp/city/ed/ak/

その間に県立博物館となってまことに据わりがいい。
市が提唱するコンパクトシティー構想にもマッチする。

チップ

新婚旅行以来、初めてベルボーイに手荷物を運んでもらった。

今回泊まったホテルは二カ所がシティーホテル。一泊一万円前後だから決して豪華ホテルではない。
でも従業員の対応も極めて良好で気持ちのいいホテルだった。

実は、この二カ所でベルボーイにチップを上げたのだ。
これまでも何度か上げたことがあるが、今回みたいに自然にやりとりできたのは初めてのことだ。
歳をとってテレもなく、様になるようになったということか。

かつて、あるシティーホテルで失礼も顧みずベルボーイに聞いたことがある。
彼は気にするふうもなく教えてくれた。
チップをくれる客は10人に1人くらいだということ、額は100円から1,000円くらいで外国人の方が多いということ。

日本ではチップの習慣がないから、上げることはあまりない。
しかし、あの勝手にとられるサービス料というのはいったい何なんだろう。しかも一律10パーセント。良くわからない。
支払いを拒否した人はいないのだろうか。あのサービスに10パーセントは多すぎるから5パーセントしか払わないとか。

でも、丁寧な真心こもったサービスに少しばかりのお礼を上げるのも悪くはない、と思った。

今日の秋田市

いい天気でした。

千秋公園です。

たくさんの県外の方、外国人が訪れていました。

多くは秋田港に停泊したクルーズ船のお客さんのようです。

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カヤの実が落ちていました。

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落ち葉もぎっしり。

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カツラの木の甘い香りが漂っていました。

太平山も冠雪前
今が一番いい季節です。

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そのクルーズ船です。

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今日初めてストーブを焚きました。

これまではエアコンで暖房してきたのですが、ストーブの暖かさにはかないません。

もうじき寒い寒い冬がやってきます。

白鳥も飛来したそうです。




姫路城 明石城 たまごやき

10月13日、三連泊の最後の朝食。

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東海道本線、山陽本線で姫路へ。
新快速が速い速い。
秋田の在来線特急よりも速いのではないか。
途中、明石で城が見えた。
調べてみると日本百名城の一つ。
時間があればここも訪れてみたいと思った。

そして姫路城。
あまり混んでいない。

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美しいお城だ。
ここも見納めかな。
天守の一番上まで上がることができた。
高校の修学旅行以来だけれど、三度目はないと思った。

明石城

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たまごやき 明石焼き たこ焼き
少し乱暴に扱うとほろほろと直ぐにほどけてしまうくらい繊細な焼き物だ。
うまかった。
満足満足。

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大阪空港から機上の人になり秋田へ無事帰ったのであった。
いい旅だった。

琳派 三千院 寂光院

10月12日、見よこの充実した朝食。京都の宿のおばんざい中心の朝食もいい。

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市バスの中。
京都市の取り組みにはいつも感心する。

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東山七条で降りようとするとすごい行列ができていた。
京都国立博物館の開館と同時に入ったら混まないだろうと思ったのだが甘かった。
諦めて大原に行こうと思ったが、列が結構進んでいるようだった。
最後尾に付くとさほど待たずに入館できた。

琳派誕生400年記念 琳派 京(みやこ)を彩る
を鑑賞するのが目的。
やはり目玉の風神雷神図の迫力には圧倒される。
どこかユーモラスな顔立ちで筋肉隆々。
模写は見たことがあるがやはり本物の迫力には叶わない。

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三千院

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寂光院

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これから先、大原を訪ねることがあるだろうか。
学生時代にはなんとも思わなかったバス停からの距離とスロープ。今ではかなりしんどい思いをする。

京都最後の夕食は湯豆腐。

四個ほど取り上げた後の写真です。

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京都の夜は更けるのであった。

おお 我が母校

10月11日、朝食はここイノダのコーヒー本店。

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新しく誕生した大阪茨木キャンパス。
垣根のない広い敷地、市民が自由に出入りできる。
芝生広場では子どもたちが走り回り両親がくつろいでいた。
私が学んだ(?遊んだ)広小路キャンパスは狭くて、休み時間には学生が肩をぶつけるように歩いていた。
でも学生を大事にしてくれた。

田舎の学問より京の昼寝という言葉があるそうな。

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そして母校立命館大学の同窓会。

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多国籍音楽サークル 出前チンドンの皆さん(写真掲載は許可を得ております。転載・転写は固くお断りいたします)
他にもジャズバンド、オーケストラなど学生の皆さんが歓迎してくれた。

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京都駅の大階段光のモニュメント。
大勢の人で賑わっていた。
特に外国人が多い。
これを見るだけでも京都駅に行く価値がある。

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宿に帰る途中、錦市場の居酒屋で夜食。

平和祈念 長崎彷徨

10月10日、やはり朝食はしっかりとるべきだ。

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泊まったのは、ANAクラウンプラザホテル長崎だった。
ANA系のホテルの朝食はすごくいい。
最初は札幌だったが、ここの朝食に感激、次に泊まったのは稚内でここも良かった。

長崎市内観光バスに乗った。

初めに原爆資料館。
かつて広島の平和記念資料館を見て激しい衝撃を受けた。
ここの資料館は規模は小さいがそれでも原爆の恐ろしさをまざまざと見せつける。
戦争は嫌だな。

平和公園

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長崎文化博物館。
充実した展示で長崎の歴史等を見せてくれる。
今度訪れる機会があったらゆっくり時間をかけて回ってみたい。

長崎奉行所のお白州。
時代劇で良く出てくるけれど、玉砂利の上に薄いムシロを敷いただけなのに、そこに正座してなんともないのだろうかと心配したことがある。しかし、ムシロの下が玉砂利とは限らない。すねが痛くならないようにクッションが敷いてあるのかも知れない。そうでなければ、演じている俳優の皆さん痛くて5分も座っていられないだろう。しかし、もし本当に玉砂利だったとしたら・・・・・

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めがね橋

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たもとのお店でカステラを購入した。
しっかり噛みごたえのある甘さ控えめのカステラ。うまかった。

孔子廟

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大浦天主堂

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グラバー園

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園庭にはハートの石が敷かれていた。
Nagasakiから母音を抜き出すとaaai=愛→ハートだそうだ。
Akitaだとaia、これじゃ何のことかわからん。
そう言えば昔、「あいや あいや」と歌って踊る愉快な漫才のカップルがいた。

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グラバーさん
何をした人だっけ?

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ガイドさんが永井博士の”この子を残して”の冒頭の部分を読み、続いて長崎の鐘を歌ってくれた。
今”この子を残して”をダウンロードして読んでいる。

長崎で思い出すことがある。
職場の先輩が長崎に旅行して、駅のそばを通りかかった人に「壱岐に行きたい」と相談したのだそうだ。
その人曰く「駅はここだ」と繰り返すばかり。
秋田県人は”い”と”え”の区別が難しい。
本人は「い」と言っているつもりでも相手にはきっと「え」と聞こえたのだ。
もう四十年以上も昔の本当の話。
ちゃんと壱岐に行ったのか、それは覚えていない。

そして京都へ。

夕食は回転寿司だった。
ここも外国人が大勢いた。
でも彼らの小食には驚いた。
私たちは4,100円だったが彼らは3,000円以内だった。(余計なお世話でした)
要するに我々は食べ過ぎと言うことか。

京都の夜は更けてゆくのであった。

福岡城 筥崎宮 太宰府天満宮 長崎夜景

10月9日、大濠公園へ行く前に朝食をしっかりととる。

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そして福岡城址を訪問。

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続いて筥崎宮へ。

ここも祭神は八幡様。
有名な八幡宮は昨日訪れた宇佐神宮、続いて京都の石清水八幡宮、鎌倉の鶴岡八幡宮、そしてここ筥崎宮。実は筥崎宮を知らなかった。たまたまガイドブックを読んで知り急遽参拝先に選んだ。

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続いて太宰府天満宮。
もう外国人で一杯。
中国系、欧米系の観光客。

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昼食。

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博多駅から予定よりも早い特急に乗り込む。
車両は昨日と同じ。

さて、発車すると驚いた。
左右に大きく揺れて地震かと思った。
我が羽越本線もこれほどの揺れはない。
車体なのか路床なのか、その原因はわからない。

長崎駅到着。
ふと既視感にとらわれた。
函館駅と同じ。

http://blog.honyomi.jp/201406/article_10.html

プラットホームと改札口の間に段差がないのだ。

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いったんホテルに行きチェックイン。

電車で築町まで出て中華街へ行く。
横浜のそれと比べると規模は小さいけれど、異国情緒は満点だ。

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貼り鼈甲のフクロウを購入した。

夕食はちゃんぽんと皿うどん。

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駅に行く途中、このようなものと遭遇。
そう長崎くんちの最終日だったのだ。

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駅前に戻り観光バスに乗った。

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夜景は函館も有名だ。あえて判定は控えておく。

ツ・カ・レ・タ

大分城址 宇佐神宮 水炊き

10月8日秋田空港を飛び立ったのは我が愛しのボンバルディアだった。

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途中富士山が見えた。

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大阪空港に着く直前、CAが「次の大分便もこの飛行機とクルーです」と教えてくれた。

大阪空港で乗り換えて、そろそろ大分空港かなと思っていると右手に大きな真新しい空港が見えた。間もなく機は大きく右に旋回し、やがて滑走路にソフトランディングした。大阪空港に着地した際もショックはほとんど感じなかったから腕のいいパイロットだなと思った。

大分空港を出るとバスは高速道路を走行したが、やたらとカーブの多い道路だった。

途中、別府湾の美しい景色を眺めているうちに大分市内に入った。

大分駅について、城跡まで行くだろうと思ったバスに乗ったらこれが方向違い。途中で気が付いて、目的地より少し離れたバス停で降りててくてく歩いた。

大分城址。

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予定の時刻が押し迫っていたので、早足で駅に向かった。
途中このような建物があった。
秋田市内にも同名の建物がある。
人の考えることはだいたい似ているのかなと思った。

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http://www.city.akita.akita.jp/city/ed/ak/

昼食をとる時間はなかった。
そこで駅弁を買おうと思ったが、改札を入って直ぐの売店では売り切れとのこと。
駅員に聞くと改札口反対側のショッピングセンターで売っているとのことだったので後戻りしてそこへ行き弁当を買った。

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さて、この列車、乗ってびっくり。
車内が薄暗いのだ。
まず座席が真っ黒、室内の色使いは暗め。
床は木。
窓が小さく、照明も暗め。

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JR東日本の明るい車内に慣れている私にとってこれはちょっとした驚きだった。
もっとも考え事をしたり、本を読んだり、居眠りをするにはちょうどいい環境なのかも知れない。

宇佐駅に着いた。
目的は宇佐神宮である。
言わずと知れた八幡神社の総本宮。
これまで京都の石清水八幡宮、鎌倉の鶴岡八幡宮を拝観しているから、加えて筥崎宮を訪ねれば源氏の氏神の主立った神社を訪ね終わることになる。

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そして福岡へ。
ホテルへチェックインの後、勇躍街に繰り出した。
ここでは水炊きが外せない。

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うまかった。

〆のラーメンを求めて博多の町をさまよい歩いたが、見つけた屋台は満席。

ホテルへとぼとぼと帰ったのである。

なので

この頃気になる言葉。

○○××である。なのでこれこれしよう。

”なので”使用法に引っかかる。
話し言葉ならまだしも、最近では文章でもお目にかかる。
どうも気になるんだがなあ。
この場合、”だから”ではないかな。

もしもの時は

大雨の被害が続いている。

土嚢が無い時、ゴミ袋が代わりになるという記事を読んだ。

そこで試してみたのがこの写真。

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これを何個か設置したら数十センチくらいの高さの水なら防げるかも知れない。

但し、二枚試してみたが、どちらも小さな穴が開いていた。

できるだけ厚めの袋を使って普段から水を入れて試験しておいた方が良い。

穴が見つかったら、その袋は使わないことにする。

加えて、二枚か三枚重ねることも躊躇しない。

いずれにしても、日頃の用意周到な準備が必要だ。

水を詰めてから運んだのでは重くて苦労するから、遮水する場所に袋を置いて、そこまで蛇口からホースで水を引いて充填するような工夫も必要だ。

いざという時慌てないように。

法解釈 地下水脈

かつて高名な民法学者の講義を拝聴したことがある。

先生がおっしゃるには、

「法律の解釈というのは、誰にでもできるんです」と、

「ただ(その解釈が)どれだけ多くの人の支持を得られるか」

「そこが肝腎なところなんです」と。

さて、集団的自衛権が合憲という解釈はどれだけの支持が得られているか。

学者や法曹だけでなく高校生だっておかしいと思う薄っぺらな根拠まがいを持ち出して、合憲と強弁する政府与党の改憲解釈とやらがどこまで通用するのか。

それにしても、これを支持する新聞社や識者、国民が少ないけれども確実に存在することをどう考えたらいいのか。

ふと思ったのだけれど、この国の地下深くに水脈があるのではないだろうかと。

つまり保守政治家と官僚、放送局や一部の新聞社の経営陣、評論家、経済人等々がその地下水脈を通じてつながっていて、何かことあるごとに誰かの指示がなくとも水があちこちから自然発生的に噴き出す。
一度吹き出したら止められなくなって、やがて地上の情勢が水脈系の思い通りになったら、また収束して何事もなかったかのように次の事態が生ずるまで穏やかな水脈に戻る。
考えただけで怖いなあ。私の妄想であればいいけどなあ。

おっと
仙人
そろそろ地上におさらば

安保法制

多くの国民の反対を押し切って、安保法制が遂に成立してしまった。

自由民主党や公明党の全ての党員、支持者はこの法制に賛成なのだろうか。

各種の世論調査では、多くの国民の反対の意思が明らかだ。

にもかかわらず、強引に成立させてしまった。


関係することを少しばかり書いておく。

1 一国平和主義について
 世界平和なんておこがましいからとりあえず我が国は一国平和主義で行く。
 いったいそれの何がいけないのだろうか。 
 いつか世界中の国が一国平和主義になったら本当の平和が訪れる。
 とりあえず一国平和でいいじゃないか。

2 普通の国について
 戦争する国が普通の国なら、そんな国にならなくていい。
 普通でない国で結構。

3 湾岸戦争のトラウマについて
 戦争終了後にクウェートが掲載した新聞広告に日本の名前が無かったことで、いったい誰がトラウマを負ったのか。
 広告に何らかの理由で掲載されなかったとしても、クウェートが日本に感謝してなかったわけでは無い。
 http://www.tokyo-np.co.jp/hold/2007/sakimori/news/070822.html
 3.11の後でクウェートが大量の原油を供与してくれたのも、湾岸戦争時の日本の支援に対する”恩返し”の一つだったのだ。

 在日クウェート大使館のホームページを見てみよう。
 http://www.kuwait-embassy.or.jp/J_index.html
 以下、同ホームページからの引用。

 2011年12月14日の「クウェートから無償提供された震災復興支援の為の原油輸送が完了」という記事の中では、
”アルハロウン前大臣は、日本国民にお悔やみの言葉を述べ、「今回のクウェートからの支援は、日本が以前クウェートを支援してくれた事に対する恩返しと友情の証を証明するものです。また、1991年の湾岸戦争でイラクに侵略された際、日本がクウェートを支援してくれたことを忘れていません。」と語った。 ”

等々、クウェートが感謝している記事が散見されるのだ。

4 憲法改正について
 憲法を改正するためには、国民のコンセンサスが得られなければならない。
 そのための努力をいかほどしてきたのか。
 これほどの政治課題だ。ちょっとやそっとでは先に進むまい。
 地道な長い道のりが必要なのだ。
 だいたい自民党や国会議員が憲法改正のための演説会を開催したなどという話は聞いたことがない。
 解釈改憲とやらでごまかし、それで足りずに解釈の変更だそうだ。
 これでは憲法も研究者も裁判所も要らない。

5 国際情勢の変化について
 かつて、東西冷戦の時代、脅威はソ連だった。
 何故その頃、集団的自衛権を合憲としなかったのだろうか。

6 安保ただ乗り論について
 安保ただ乗り論を言うのなら、東西冷戦の頃から既にただ乗りだった。
 そもそも片務条約だったのだ。
 だからこそ思いやり予算の名で在日米軍の駐留経費の多くを負担してきた。
 米軍が日本に駐留するのはたとえ片務条約だったとしても世界戦略上、彼の国にもメリットがあるからだ。

7 70年について
 70年にわたって戦争と無縁で、一人の戦死者も出さず、殺さずやってきた。
 70年は古希。古来希なりだ。
 これが百年も続いたら、日本のまねをする国が出てくるに違いない。
 軍備に多額のカネをかけることのばからしさに気が付く国が出てくるに違いない。

子孫を絶対に戦場にはやらないからな。
死んだ後もあの世から見守ってやる。

付録 メディアについて
 朝日新聞は、社論通りのわかりやすい紙面構成だ。しかし、法制に賛成の意見もきちんと載せている。秋田県版でも、両論を併記。
 読売新聞は、できるだけ平静を装うような紙面作りだ。安保法制の成立は当然のこととして淡々と報じようとする姿勢。秋田県版では一切触れず。
 秋田魁新報は反対の意思をはっきり表明。地方紙のこの姿勢は立派なものだ。



ああもう嫌だ嫌だ。
国会前に行きたいけれど、カネもない。
早く常識が常識として通用する平和な仙界に戻ろう。
そうだ
あたしゃ仙人だった。

水心苑

秋田市にある庭園。

県立博物館の直ぐそばにある。

大阪万国博覧会の日本庭園設計者が設計した。

京都の名園などとは比較はできないが、それでも周りの自然と溶け合って味わいのある庭園となっている。

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